竹 生 島
文久二年(1862)八月

作曲 十一代目 杵屋六左衛門
[謡次第] 
竹に生るる鴬の 竹に生るる鴬の 竹生島詣急がん
これは竹生島参詣の者にて候 さても神霊あらたにましまして 島の渡りもいと易く 誓ひの船に乗りて候

〈本調子〉 
弥生半ばの海の面 霞みわたれる朝ぼらけ 長閑に通ふ船の路 憂き業となき心かな 
この浦里に住み馴れて 明暮運ぶうろくづの 数を尽すや釣人の 誓ひの船に法の道 
比良の根颪吹くとても 沖漕ぐ舟はよもつきじ 旅の習ひの思はずも 
雲井のよそに見し人も 同じ小船に馴れ衣 あれ竹生島も見えたりや 船が着きて候 御上り候へ 
不思議やな この島は女人禁制と承り候ふに あれなる女人は何とて参られ候ふぞ 
それは知らぬ人の申す事にて候 忝くもこの島は 九生如来の御再誕 そりゃ言はいでも住の江の 
松の非情も妹と背の そのあひ中は有るものを 弁財天は女体にて 結ぶ縁の糸竹に 
道も守りてあらたなる 天女と現じましませば 女子に隔てなみならぬ 深き心の願事も 
利生は更に怠らず 何の疑ひ荒磯の 島松影のあま小舟 
乙女の姿忽に 社壇の扉へ入るよと見えしが 又釣人も立帰り 波間に入らせ給ひけり 
げにげにかかる有様は 信ずる心いや勝る 神の示現を松の影 
御殿頻りに鳴動して 光り輝く日月の 山の端出づる如くにて 顕はれ給ふぞ忝き 
そもそもこれは此島に住んで 神を敬ひ国を守る 弁財天とは我が事なり 
虚空に音楽数々の 虚空に音楽数々の 花降り下る春の夜の 月にかがやく乙女の袂 返す返すも面白や 
夜遊の舞楽も時過ぎて 夜遊の舞楽も時過ぎて 月澄みわたる海づらに 波風頻りに鳴動して 
下界の龍神顕はれたり 龍神湖上に出現して 龍神湖上に出現して 光も輝く金銀珠玉 
彼のまれ人に捧ぐるけしき 有難かりける奇特かな 有難かりける奇特かな