筑 摩 川
明治十二年(1879)十月
作詞 河竹黙阿弥
作曲 三代目 杵屋正次郎
〈本調子〉 
それ 木曽山の南面に 落合ふ水の筑摩川 
頃しも秋の習ひにて 続く霖雨も稍晴れて 雨後の川水いやまさり 名にし大井の満水も 
かくやと思ふ川の面 矢よりも早き急流は 目ざましくもまた 恐ろしき 
さても我慢の大領が 臣下の諫小賢しと 水馬のためし魁の 名馬に鞭をあて給ふ 
様子得たりと又助が 忍ぶ蘆原押分けて 
立出る影もきらめきし 刃の光鋭くも ざんぶと川に入る間もなく 君の勇気に劣らじと 
警固の臣が馬面を揃へ 乗入る大河遠浅を 上手の方へ半町あまり 上るとすれど水勢の 
力に押され一同に 戻りては又大石の 助によりて踏み留まり 渡る人馬も戦場の 修羅の巷に異らず 
危ふかりける 勇ましかりける次第なり