土  蜘
文久二年(1862)八月

作曲 三代目 杵屋勘五郎(前の十一代目六左衛門)
上の巻

[次第]
浮き立つ雲の行方をや 浮き立つ雲の行方をや 風の心に任すらん 

〈本調子〉 
此処に消え 彼処に結ぶ水の泡の 浮世に廻る身にこそありけれ 
実にや人知れぬ心は重き小夜衣の 恨みん方もなき袖を 片敷きわぶる御夜詰は 
君を守護なす両勇士 実にただならぬ多田の御所 武将源の頼光公 御心地例ならず 
医祷百計たゆみなく とりどりさまざまの色を尽して 夜昼の界も知らぬよそほひの 
心尽しに身を責めて 鬼を欺く武士の 思ひに沈むばかりなり 
小夜嵐 身に沁む程に物すごき 宿直の武者も扨こそと 眠気ざましに取る煙管 
火皿のけむり立ち昇る 折しも丑三頃 しんしんと更け渡る夜も烏羽玉の

〈二上り〉 
切禿 都育ちか京人形 ちょこちょこ歩むうしろ紐 お茶の通ひのにこにこにこと 
合点合点潮の目 かぶり振り振り降らぬ間に 摘みて置けとは 栂の尾山の春の若草 
茶の木の事よ ちゃちゃに浮かして やっこのこのこの このお茶まゐろ と差し出だす

〈本調子〉 
さても優しき童と 顔しげしげと打ち眺め そは誰人の子なるぞや 
月の澄む 軒端にかかるささがにの ありやなしやの身を如何に その月の数覚えてか 
さればいな お月様いくつ 十三七つ 雲かかれば 風を以て吹き払ふ 
大千世界はさて如何に おおそれこそは凧のぼり 清く澄めるにだまくれて 伸せば伸びる糸筋の 
たなびき昇って天となり 切れて落つれば 地となりぬ 
又隠れんぼの始まりは 遠つ神代のその昔 天の岩戸に隠れんぼ 今に伝へて神国の 子供遊びとなりにけり 
雛の祭りは 嫁入の手習ひ 
幟兜や菖蒲打 菖蒲刀は如何に如何に それは武芸の始めなり 駒の手綱をこれこれかう取って
[馬の拍子合方]
赤貝馬のしゃんしゃんしゃん しゃんと乗っては 手綱かいくり かいくり 轡の音は りんりんりん 
天晴お馬の 上手と 上手が 乗ったか 乗ったぞ しとしとしと それそれそれと 
化生は忽ち頼光の 寝所を目がけ入らんとす 
こは心得ずと公時貞光 支へ止むる袖袂 かいくぐりかいくぐり 此処に現れ彼処に失せ 
業通自在のその振舞 やア小癪なと無二無三 一度に刀抜き連れて 払へば 後ろに 有明の 
突き止めんにも居もためず 狙ひもためず切髪の 姿は消えて失せにけり 姿は消えて失せにけり