娘道成寺
宝暦三年(1753)三月

作曲 杵屋弥三郎か
[謡] 
花の外には松ばかり 花の外には松ばかり 暮れそめて鐘や響くらん

〈三下り〉 
鐘に恨みは数々ござる 初夜の鐘を撞く時は 諸行無常と響くなり 
後夜の鐘を撞く時は 是生滅法と響くなり 晨鐘の響きは生滅滅己 入相は寂滅為楽と響くなり 
聞いて驚く人もなし 我も五障の雲晴れて 真如の月を眺め明かさん 

〈二上り〉 
言はず語らぬ我が心 乱れし髪の乱るるも つれないは唯移り気な どうでも男は悪性者
桜々と謡はれて 言うて袂のわけ二つ 勤めさへ唯うかうかと どうでも女子は悪性者 
都育ちは蓮葉なものぢゃえ 
[鞠唄]
恋の分里 武士も道具を伏編笠で 張と意気地の吉原 花の都は歌でやわらぐ敷島原に 
勤めする身は誰と伏見の墨染 煩悩菩堤の撞木町より 難波四筋に通ひ木辻に 禿立ちから室の早咲き
それがほんに 色ぢゃ 一イ二ウ三イ四ウ 夜露雪の日 下の関路も 共に此の身を馴染重ねて 
仲は丸山 ただ丸かれと 思い染めたが縁ぢゃえ

〈三下り〉 
梅とさんさん桜は いづれ兄やら弟やら わきて言はれぬな 花の色え 
菖蒲杜若は いづれ姉やら妹やら わきて言はれぬな 花の色え 
西も東も みんなに見にきた花の顔 さよえ 見れば恋ぞ増すえ さよえ 可愛ゆらしさの花娘 
恋の手習つい見習ひて 誰れに見しょとて 紅鉄漿つけよぞ みんな主への心中立て 
おう嬉し おう嬉し 末はかうぢゃにな さうなる迄は とんと言わずに済まそぞえと 
誓紙さへ偽りか 嘘か誠か どうもならぬほど逢ひに来た 
ふっつり悋気せまいぞと たしなんで見ても情なや 女子には何がなる 
殿御殿御の気が知れぬ 気が知れぬ 悪性な悪性な気が知れぬ 
恨み恨みてかこち泣き 露を含みし桜花 触らば落ちん風情なり 
[鞨鼓の合方]
面白の四季の眺めや 三国一の富士の山 雪かと見れば 花の吹雪か吉野山 散り来る散り来る嵐山 
朝日山々を見渡せば 歌の中山石山の 末の松山いつか大江山 いく野の道遠けれど 
恋路に通ふ浅間山 一と夜の情有馬山 いなせの言の葉 あすか木曽山待乳山 
我三上山祈り北山稲荷山 縁を結びし妹背山 二人が中の黄金山 花咲くえいこの このこの姥捨山 
峯の松風音羽山 入相の鐘を筑波山 東叡山の 月のかほばせ三笠山 
さる程にさる程に 寺々の鐘 月落ち鶏鳴いて霜雪天に 満潮程なくこの山寺の 
江村の漁火 愁ひに対して人々眠れば 好き隙ぞと 立舞ふ様にねらひ寄って 撞かんとせしが 
思へば此の鐘恨めしやとて 龍頭に手をかけ飛ぶよと見えしが 引きかづいてぞ失せにける) 
ただ頼め 氏神様が可愛がらしゃんす 出雲の神様と約束あれば つい新枕 廓に恋すれば浮世ぢゃえ 
深い仲ぢゃと言ひ立てて こちゃこちゃこちゃよい首尾で 憎てらしい程いとしらし 
花に心を深見草 園に色よく咲初めて 紅をさすが 品よくなりよく 
ああ姿優しやしほらしや さっささうじゃいな さうじゃいな 
皐月五月雨 早乙女早乙女田植唄 早乙女早乙女田植唄 裾や袂を濡らした 
さっさ 花の姿の乱れ髪 思へば思へえば恨めしやとて 龍頭に手を掛け飛ぶよと見えしが 
引きかついでぞ失せにける 謡ふも舞ふも法の声 エエ何でもせい何でもせい 
春は花見の幕ぞゆかしき 夏は屋形の船ゆかし ヨイヨイヨイヨイヨイ 
ありゃりゃ こりゃりゃ よいとな 
秋は武蔵の月ぞゆかしき 冬は雪見の亭ゆかし ヨイヨイヨイヨイヨイ 
ありゃりゃ こりゃりゃ よいとな 
浮きに浮かれて 第一中有に迷うた 懺悔懺悔 六根罪障 南無不動明王 南無不動明王 
えエ何でもせい えエ何でもせい 動くか動かぬか 曩謨三蔓陀縛日羅南 
こりゃ動かぬぞ 真言秘密で責めかけ責めかけ 数珠のありたけやっさらさ やっさらさ 
旋侈摩詞櫓遮那 何のこっちゃえ 娑婆多耶呼多羅 何のこっちゃえと祈りける 
謹請東方青龍清浄 謹請西方白体白龍 一大三千大千世界の恒沙の龍王 
哀愍納受 哀愍頻の砌なれば 何国に恨みの有るべきぞと 祈り祈られ飛び上り 
御法の声に金色の 花を降らせしその姿 実にも妙なる奇特かや






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