傾  城
文政十一年(1828)三月
作詞 二代目 瀬川如皐
作曲 四代目 杵屋三郎助
[前弾]〈本調子〉
戀と云ふ 文字の姿を判じ物 解けて思ひの種となる
鐘は上野か浅草か その約束を待つ宵の 風も浮気な仲の町
根ごして植ゑし 初桜 つい移り気な色も香も 留めて素足の八文字
昨日の夢もそれなりに 袖にたたんで袂にしのぶ
間夫の名宛を結び文 かしくと書いて又かへす がへすも筆に云はするは
八重山吹を投げ入れの 床へさし込む朧月 
櫺子まで来て行く雁に ちょっと恨みを言ひがかり 言葉もつれて胸づくし 
鶏の鳴くまで待たせておいて どこの女郎めと しげりくさっていたづらな
エエ手管かじゃれかそんなその 野暮な口舌は奥二階 禿が目くばせ呑み込んで
味なそぶりの宵の客 傾城の誠と 雪に黒いはないものぞいの
まだ言はんすか仇口と ふっつり抓れば 振り切る腕(かいな)
障子襖に音信(おとづ)れて 廊下をすべる上草履 
櫛かんざし〔こうがい〕もどこへやら 
恋ひいさかうて 互ひに思ひの十寸鏡(ますかがみ) わりなき仲の戯れや

〈三下り〉
風薫る 袂も軽き夏衣 ほすちょう色と疑うた
岸の卯の花咲くにつけ 初音待たるる時鳥 よいよいよんやさよんやさ
あれ閨の戸をほとほとと 叩く水鶏にだまされて
枕も取らぬ蚊帳の内 明けて辛気な鵜飼舟 よいよいよんやさよんやさ
秋の三日月隈もなく 晴れて逢ふ夜の月の顔
言ふも恥かし二十日の月の残るのを 暁迄も待ち明かす 長月や
雪の肌(はだへ)のおもはゆく みぞれか霜の薄化粧
通ひ廓を見返りの 二本柳(ふたもとやなぎ)しぐれしぐれて

(歌詞は文化譜にしたがい、表記を一部改めた)



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「傾城」とは、中国『漢書』の一節から生まれた言葉です。
「一たび顧みれば人の城を傾け、再び顧みれば人の国を傾く」
城も国も潰してしまうまでに男がその色香に迷い、溺れるほどの美しい女。
元は「美人」の意味で使われた言葉でしたが、後には「契情」の字を当てて、
遊女、特に江戸時代には太夫や花魁と呼ばれた位の高い遊女を指す言葉になりました。
不夜城の灯りに魅せられて、実際に家や店を失った男も少なくないのでしょう。
遊廓や遊女を題材とする歌は数え切れないほどたくさんあります。
詳しい解説は長唄メモ「松の緑」「吉原雀」「高尾さんげ」等で述べてきましたが、
本曲は「傾城」という題名の通り、吉原の上級遊女の風俗や心情に焦点をあてているところが特徴的です。
太夫道中をしていること、床の間つきの部屋を持っていること、上草履を履ける立場であること。
歌に登場する言葉の端々から、本曲に登場する遊女が格式ある見世の上級遊女だと分かります。
そんな女性が、逢瀬の思い出に浸ったり、手紙を何度も書き直したり、
挙句の果てに、男の心変わりを疑って、胸倉をつかんでヒステリックに当り散らしたり。
遊女と言えど、本当に愛しい相手の前では、つい素の表情が見えてしまうものなのでしょう。
対する男の方は、惚れられた強みからか浮気なそぶりを見せて遊女を翻弄する、いかにも遊び馴れた様子。
……と言いたいところですが、さて、実際のところはどうでしょうか。
何度も書き足したような手紙を書く、取り乱して口舌をしかける……、これらの遊女の振舞いは、
全ていわゆる「手管」、遊女にとってみればごくあたりまえの営業努力。
お客に「自分だけが特別なんだ」と思わせるための、練習し計算しつくされたお芝居、かもしれません。
男の方はどうでしょうか?「傾城の誠と……」などと聞いたようなことをうそぶきますが、
遊女の振舞いがすべてお芝居だと知っているのなら、なぜ宵から熱心に通ってくるのでしょう。

もしも、怒って部屋を飛び出した遊女が、廊下でちらりと舌を出していたら?
もしも、遊び馴れた不実な客が、大門を出て思わず見世を振り返っていたら?
本曲に描かれる情景は、まったく違って見えてきます。
もっとも、舞台裏を勘ぐるのは、それこそ野暮というもの。
廓でのひとときは、つくりごとの夢物語。冷たい時雨越しに真実が見えるような見えないような、
それくらいがちょうどいいのかもしれません。



【こんなカンジで読んでみました】

「戀ってなあに」「いとしいいとしいって言う心」。恋することを知ってから、気苦労のもとは増すばかり。
約束の頃を教える宵の鐘は、どこから響いてくるのでしょう。その音を運ぶ風さえも、どこか浮気な仲の町。
吉原の桜は、毎年根ごと移し植えるの。花の色は移ろいやすく、あなたの気持ちは変わりやすい。
移り気なんて、外八文字に蹴り出した素足の色気が許しはしないわ。
夢のような昨夜の逢瀬。夢のままでいられるように、そっと袂に隠します。
小さくたたんで袖の中、恋人宛の秘密の手紙、「さよなら」の後が終われない。
「あとね」「今度ね」「それからね」、返す書を繰り返しても、書きつくせない気持ちが重なり、
床の間に無造作に活けた八重山吹と、床に投げ出したあたしの体、どっちも朧月に照らされるだけ。
ちらりと姿が見えた気がした。渡り鳥じゃあるまいし、見世先まで来て上がらないってどういうこと?
思いがもつれて言葉にならず、つい胸ぐらにすがりつき、
「今何時だと思ってんのよ、こんなに待たせて、どこの女となにして来やがったこのスケベっ」
「お、妬いてんの? それってサービス? それともおふざけ? 野暮なケンカはやめようぜ」
(お姉さん、見世先ではマズいです……)の、禿の目くばせ飲み込んで、さすがは宵に上がる客、
奥二階の座敷へ引っ込む味な振舞い。
「芝居はよせよ、遊女の情けに誠はない、黒い雪は見たことないってさ」
「また余計なことばっか言って」
大っ嫌いと腕をつねる、いい加減にしろと振り払う、障子が大きな音を立てて、部屋を飛び出す上草履の音、
大事なかんざし落としたまんま。
好きな人とケンカをすると、どうしてもっと好きになるんだろ。
結局は、好きあう二人のお遊戯みたいなものだから。

初夏の風に単衣の袂がひるがえる。雪のように白く見える、あれは衣を干してるのね、
なんて歌があるらしいけど、あれは卯の花、ホトトギスの声を待つ頃。
寝室の戸をあの人が叩いた気がした、水鶏の声にだまされた。蚊帳のなかで一睡もせずに待ったけど、
闇に漁する鵜飼と同じ、夜が明けたらあたしは用なし。
秋の三日月曇りも知らず、逢える夜の空に輝く。
こんなこと言うの恥ずかしいけど、あなたが来るまでずっと待ってる、
夜更けに上がる二十日の月が、夜明けの空に残るのを見て、ずっと待ってる。九月の夜の長いこと。

まばゆいほど真っ白な美しい肌に、みぞれか霜のように薄く白粉をはいた。
お前に逢いに通ってくるんだ。あなたが来るのを待っているの。廓の中のほんとはどっち?
二つに分かれた見返り柳、時雨の向こうに今日もかすんで。


【語句について】

戀と云ふ 文字の姿を判じ物 解けて思ひの種となる
 「判じ物」は謎の一種。文字・絵などにある意義を寓して、それを判示させるもの。
 恋の旧字「戀」を「糸」「言」「糸」「心」に分解し、「いとしいいとしいと言う心」と解するもの。
 「思ひの種」は、心配のたね、苦労のもとの意。
 『長唄名曲要説』では、「なる」は「鳴る」の意を含み、次の「鐘」を導くとする。

鐘は上野か浅草か
 「花の雲鐘は上野か浅草か」(松尾芭蕉『続虚栗』所収)の引用。
 長唄では「「助六」「初しぐれ」など頻繁に引用される句で、
 元の句では「花の雲に隠されて鐘がどこから聞こえてくるか分からない」といった意味だが、
 長唄では「上野か浅草の鐘が聞こえる場所」という文脈で吉原を暗示することが多い。

仲の町
 新吉原の入り口である大門から突き当たりの水道尻に至る、吉原遊廓の中央通り。
 また、「仲の町」で吉原自体を指すこともある。
 道の左右に茶屋・見世が並び、吉原の中心街として賑わった。
 長唄メモ「助六」「俄獅子」「吉原雀」参照。

根ごして植ゑし 初桜 
 吉原仲之町で、春になると桜を植えたことを指す。
 毎年三月一日が近づくと、三ノ輪の植木職人が桜の木を植え、通り沿いの茶屋で花見の宴を開いた。
 大門口から水道尻まで仲之町の通りの中央に青竹で欄干をつくって桜並木とし、
 花が散って葉桜になると、根ごと抜いて撤去された。
 『吉原大全』には寛保元年(1748)からとするが、
 『嬉遊笑覧』では寛延二年(1749)よりはじまり、同年中村座の助六狂言の趣向に取り入れられたとする。
 長唄メモ「助六」参照。

つい移り気な色も香も
 「つい」は1.はからず、思わず。 2.すぐに、じきに。 3.動作のすばやいさま。
 「移り気」は興味の対象が変わりやすいこと。特に浮気なこと。
 花の色香の移ろいやすいことに客の移り気の意を含ませ、それを「留める」傾城の色香、と解した。
 『日本舞踊全集』「傾城」脚注では、桜を移し替える意を含むとする。

留めて素足の八文字
 遊女は冬でも足袋をはかず、素足であった。
 「八文字」は吉原の太夫が置屋から揚屋へ赴く際の道中で見せる足の運び方。長唄メモ「松の緑」参照。

昨日の夢もそれなりに
 「それなり」は1.物事の状態や様子が、そこに示されているままで終わらないこと。その状態のまま。
 2.それはそれとして。それ相応に。
 ここでは1で、昨日の夢は恋する男(間夫)との逢瀬を指し、
 その夢心地のまま間夫に宛てた恋文を書いている、という意味。

袖にたたんで袂にしのぶ 間夫の名宛を結び文 
 「間夫」は情夫のことで、遊女が仕事として以外の情をもって接する男のこと。長唄メモ「まかしょ」参照。
 「結び文」は、巻きたたんで端を折り結び、封に墨をひいた手紙。古くは艶書にのみ用いられたが、
 のちには表向きの儀礼にも用いられるようになった。
 「心づくしのナ その玉章も いつか渡さん袖のうち」(長唄「俄獅子」)
 また手紙とともに、前の「昨日の夢」も、人に知られぬよう自分の胸の内にそっとしまっておく意を含む。

かしくと書いて又かへす がへすも筆に云はするは
 「かしく」は「かしこ」の転訛。手紙の結語として、多く女性が用いる。長唄メモ「五大力」参照。
 「かへす」は「返す書」(追伸)と「かへすがへす」(何度も念入りに、重ね重ね、本当に)との掛詞。

八重山吹を投げ入れの 床へさし込む朧月 
 返す書を重ねるさまから「八重山吹」を導くか。
 床の間がある個室を持っているのは、太夫などの上級遊女に限られた。

櫺子まで来て行く雁に
 「櫺子」は連子・連子窓とも。窓や扉の一部に、角材の稜(かど)を正面に向けて並べ取り付けたもの。
 ここでは遊廓の見世先の籬を指すか。
 雁は十月頃に日本に渡来して翌春三月頃に帰る渡り鳥で、
 ここでは見世先に姿を見せながら登楼しない男、浮気な男を例えて言う。

言ひがかり
 「言ひがかる」は
 1.いったん言い出して後にひけなくなる。言いだして意地になる。
 2.事実無根の口実によって相手を責め困らせる。難癖、いいがかりをつける。

言葉もつれて胸づくし 
 「もつれる」は1.からまる 2.からみあって乱れる。
 3.事柄が複雑にからみあって混乱し、秩序を失う。 
 4.言語・動作などが、正常さを失って思うようにならなくなる。
 ここでは4で、「言葉もつれる」で、言いたいことが言葉にならないさま。
 「胸づくし」は「胸倉」に同じ。 1.着物を着て左右の恵理の合わさった辺り。
 2.1をつかむこと。ケンカをするときの所作。 3.女衒が使う隠語で、手付金。
 ここでは2、言葉にならないあまり、男の胸倉をつかんで口舌をしかける様。

鶏の鳴くまで待たせておいて どこの女郎めと しげりくさっていたづらな
 遊女の台詞。客の訪れが遠のいていたことを責めている。
 「鶏の鳴くまで」は、夜を越して朝になってしまうほど訪れが遅い、と客を責める言葉。
 言葉通りにとれば、後の「宵の客」と矛盾するが、ここでは大げさな言いまわしと解釈できる。
 「しげりくさって(しげりくさる)」は、「しげる」を乱暴に言う言葉。
 「しげる」は男女が睦まじく情を交わすこと、同衾して情事を行うこと。
 特に遊廓では、「おしげりなんし」というのが「どうぞごゆっくり」「お楽しみなさい」と同義の挨拶として
 用いられた。
 「いたづら」は1.むだごと。転じて、役にも立たぬ戯れ、わるふざけ、いたずら。
 2.不義、密通。みだらな行為。淫奔なこと。
 ここでは他の遊女との浮気を疑っている文脈なので、2が適当。
 なお吉原では建前上、正式に付き合いが切れない限りは、他の遊女の馴染になることは禁止されていた。
 (『江戸のくらし風俗大事典』による)

エエ手管かじゃれかそんなその 
 客の男の台詞。
 「手管」は人をあやつりだます技巧、人の心を動かす手段。特に遊女が客をたらしこみ操る手段をいう。
 「じゃれ」は「戯れ(ざれ)」の転訛。ふざけ、戯れること。冗談。

野暮な口舌は奥二階 
 「野暮」は世情や人の心情をわきまえず、都会的でないさま。
 特に遊里の事情にうとく、遊び方が洗練されていないこと。
 「口舌」は嫉妬による男女の間の言い争い、痴話げんか。
 「奥二階」は「(口舌は)置く」と「奥二階」を掛ける。
 妓楼の二階には引付座敷や廻し部屋の他、上級の遊女の場合は個別の部屋があった。

禿が目くばせ呑み込んで 味なそぶりの宵の客 
 「禿」は「禿」は太夫など位の高い遊女に仕え、その見習いをする六~十四、五歳の少女。
 遊女にしたがって深夜まで勤めた。長唄メモ「松の緑」「四季山姥」参照。

傾城の誠と 雪に黒いはないものぞいの
 客の台詞。
 「女郎の誠と玉子の四角 あれば晦日に月が出る」(長唄メモ「吉原雀」)と同様、
 遊女に真情は期待できないことを言う慣用的表現。

まだ言はんすか仇口と 
 遊女の台詞。
 「仇口」は「徒口」、実意のない言葉。無駄口。

ふっつり抓れば 振り切る腕(かいな)
 「ふっつり」は爪を立てて強くつねるさまを表す語。
 遊女が客の腕をつねったので、客は腕を強く振って遊女の手を振り払った、ということ。

障子襖に音信(おとづ)れて 廊下をすべる上草履 
 「音信る(訪る)」は、
 1.音を立てる、声を立てる。 2.人のもとを訪ねる、訪問する。 3.ある状態・時節がやってくる
 4.手紙で様子を訪ねる 等の意。
 客が振り切った腕が障子やふすまに当たり音を立てるさまを風流に言うか。
 「上草履」は屋内で用いる草履。
 原則として素足で生活する遊女のうち、新造以上の者は上草履を履いて廊下を歩いた。

恋ひいさかうて 互ひに思ひの十寸鏡(ますかがみ) 
 「恋ひいさかひ」は、互いに恋する者同士の喧嘩。相愛の人の間での口げんか、痴話げんか。
 「十寸鏡」は「真澄(ますみ)の鏡」の略。少しの曇りもなく、澄み切っている鏡。
 ここでは「(思ひの)増す」と掛けた表現。

わりなき仲の戯れや
 「わりなし」は「理(ことわり)なし」が原義。
 1.道理に合わない。無理である。めちゃくちゃだ。 2.たえがたい。苦しい。つらい。
 3.しかたがない。やむを得ない。どうにもならない。 
 4.殊の外である。ひととおりでない。程度がはなはだしい。 5.格別すぐれている。すばらしい。
 6.へだてがない。ねんごろだ。 ここでは6。

風薫る 袂も軽き夏衣 
 「風薫る」は、初夏の涼しい風がゆるやかに吹くこと。薫風。
 「夏衣」は夏に着る衣装の意で、衣替えした単衣を指す。長唄メモ「岸の柳」参照。
 「筑波根の 姿涼しき夏衣 若葉にかへし唄女が 緑の髪に風薫る」(長唄「岸の柳」)。

ほすちょう色と疑うた
 「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天香具山」(『新古今和歌集』175・持統天皇)
 に基づく表現。
 天香具山が、干している衣で真っ白に見えることで夏の訪れを覚える、という歌意を受けて、
 同じ白色の「卯の花」を導く。

岸の卯の花咲くにつけ 初音待たるる時鳥
 「卯の花」はウツギの花。夏の訪れを告げる花として詩歌に詠まれる。
 「卯の花の白妙に、茨の花の咲そひて、雪にもこゆる心地ぞする」(『おくのほそ道』十二「白河の関」)
 「初音」は鳴き声が鑑賞の対象となる鳥の、その年初めての鳴き声。
 「時鳥(ホトトギス)」は初夏に日本に飛来する鳥で、夏の季語。長唄メモ「吾妻八景」参照。

あれ閨の戸をほとほとと 叩く水鶏にだまされて
 「水鶏(くいな)」はクイナ科の鳥の総称。夏の季語。
 夜行性のものが多く、特にヒクイナは鳴声が戸を叩く音に似ていることから鳴くことを「たたく」と言い、
 夜更けすぎの恋人の訪問の連想から「来(く)」と掛けて和歌に用いられる。

枕も取らぬ蚊帳の内 
 「枕を取る」=寝ることもせずに、蚊帳の中で恋人の訪れを待っているということ。

明けて辛気な鵜飼舟
 「辛気」は心憂く、気重になること。
 夜分、燈火の灯りに集まる魚を捕える鵜飼舟は、夜が明けてしまうと役に立たないことから、
 訪れがないまま夜が明けてしまった空しい気分を例えている。

月の顔
 月の表面。月のおもて。また、月の光、月影。

言ふも恥かし二十日の月の残るのを 暁迄も待ち明かす 長月や
 「二十日の月」は陰暦二十日の夜の月。
 特に陰暦八月二十日の月を言うが、本曲では「長月」であるのでこれには合致しない。
 宵の間は月が出ず(二十日宵闇)、夜が更けてから出る。
 「長月」は陰暦九月の称。また「暁迄も待ち明かす」時間が長いことを掛けている。

雪の肌(はだへ)
 「雪肌」とも。
 1.積もった雪の表面。 2.雪のように白い女性の肌。美人の肌。
 ここでは1。以下、雪・みぞれ・霜・しぐれと、冬の水に関わる気象でまとめる。

おもはゆく
 「面映し(おもはゆし)」。顔を合わせることが恥ずかしい。きまりが悪い。照れくさい。

通ひ廓を見返りの 二本柳(ふたもとやなぎ)
 「通い来る」と「廓」の掛詞。
 「見返りの二本柳」は通称「見返り柳」。
 山谷堀の土手、吉原大門へ至る五十間道へ折れるあたりにあったしだれ柳。
 浮世絵を見ると、根元は一本で途中から枝が二股に分かれており、これを「二本柳」と言ったか。
 客が名残を惜しんで振り返ることから言う。

しぐれしぐれて
 1.時雨が降ること。また晩秋から初冬にかけての、時々雨が降ったり降りそうだったりする空模様。
 2.(比ゆ的に)涙ぐむ。落涙する。



【成立について】

『日本音楽大事典』によれば、傾城を題材にした現存曲は十一曲ある。
そのため他と区別して、本曲は唄い出しの歌詞により「恋傾城」、あるいは初演者の名により「芝翫傾城」
とも呼ばれる。
文政十一年(1828)中村座、二代目中村芝翫の七変化舞踊「拙筆力七以呂波(にじりがきななついろは)」
のひとつとして初演。
作曲四代目杵屋三郎助(後の十代目六左衛門)、作詞二代目瀬川如皐。
同七変化舞踊には、長唄の現行曲に「供奴」「浦島」などがある。