三曲糸の調
成立年不詳

九代目 杵屋六左衛門

[上るり]〈本調子〉

身の程を知らずと人の思ふらん
繁き人目を忍ぶ川 水の行方のさまざまに 流れもやらぬ薄氷 解けぬ心を明かしてそれと
云ふに云はれぬ我が思ひ 調べかきならす
影といふも月の縁 清しと云ふも月の縁 影清き名のみにて うつせど袖に宿らず
吉野龍田の花紅葉 更科越路の月雪も 
夢とさめてはな跡もなし 仇し野の露 鳥辺野の煙は 絶ゆる時しなき これが浮世の真なる

〈二上り〉
翠帳紅閨に 枕ならぶる床の内 馴れし衾の夜すがらも 四つもんの跡夢もなし
去るにても我夫の 秋より先に必ずと あだし言葉の人心
そなたの空よと眺むれど それぞと問ひし人もなし 三筋四筋のいとまなければ