小 鍛 冶
天保三年(1831)九月
作詞 二代目 劇神仙
作曲 二代目 杵屋勝五郎
〈本調子〉 
稲荷山三つの燈火明らかに 心をみがく 鍛冶の道 

子狐丸と末の世に残すその名ぞ著るき 
それもろこしに 伝へ聞く 龍泉太阿はいざ知らず 我が日の本の金工 天国天の座神息が 
国家鎮護の剣にも 勝りはするとも劣らじと 神の力の相槌を 打つや 丁々しっていころり 
余所に聞くさへ勇ましき 
打つといふ それは夜寒の麻衣 をちの砧も音そへて 打てやうつつの宇津の山 
鄙も都も秋ふけて 降るやしぐれの初もみぢ こがるる色を金床に 火加減湯かげん 秘密の大事 
焼刃渡しは陰陽和合 露にも濡れて薄紅葉 染めていろます金色は 霜夜の月と澄み勝る 
手柄の程ぞ類ひなき 清光りんりん 麗しきは若手の業もの切ものと 四方にその名はひびきけり


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題名の小鍛冶とは実在した刀鍛冶・三条小鍛冶宗近のことです。
子狐丸は小鍛冶が稲荷明神の力を借りて作り上げた刀の名前で、
謡曲「小鍛冶」を元につくられた長唄です。
「打つ」という言葉をキーワードにして麻衣を打つ砧を連想させて季節の秋を導き、
紅葉が色づくさまと焼けた刀身の色づくさまを重ねて秋の深まりを唄っているのも面白みのひとつです。
なお小狐丸という刀は現存しないものの、
貴族の日記や『保元物語』などの歴史物語に名が残り、実在したものと考えられています。
終盤の「麗しきは若手の業物切もの…」という詞は、子狐丸にかけて、
初演でこの曲を演じた沢村訥升を誉めたものともいいます。
 

【こんなカンジで読んでみました】
稲荷明神のご威徳が、惑いの闇をあかあかと照らしてくださる。
刀を鍛えることは、ただ一心に己の心を磨くことだと――

子狐丸は後世にその名を喧伝される名刀だ。
唐の国に伝わる龍泉や太阿はいざ知らず、
この日本の名工・天国や天の座や神息が鍛えた国家鎮護のための刀と比べて、
たとえ勝ることはあっても劣ることはないようにと、
稲荷明神はお力を添えて小鍛冶の相槌を打ったのだ。
刀を打つ音が丁々と響き、それはよそで聞いているだけでも勇ましいものだった。

打つといえば、こんな寒い夜は砧で麻衣を打つものだ。
どこか遠くから聞こえる砧の音も加わって、さあ打てよ刀を、うつつの宇津の山ではないけれど。
麻衣をうつひなびた田舎にも、小鍛冶が刀を打つこの都にも、秋は同じく更けてゆく。
冷たい時雨が降るたびに、木の葉は次第に色づいて、やがて燃え立つような紅になる。
その紅葉のように赤く焦がれた刀身を、さあいざ金床へ。

刀を熱する火加減や刀を冷ます湯の具合は、誰にも教えない鍛冶の真髄。
刀に命を吹き込む焼き刃渡しは、鍛冶の全身全霊が、刀とひとつになって成り立つのだ。
露に濡れた紅葉が次第に色を濃くしていくように、
魂のこもった槌に打たれて赤く色づく刀身は、やがて霜夜に輝く三日月のように澄み渡る。
ここに生まれた名刀・子狐丸、これこそが他の追随を許さぬ小鍛冶の腕前だ。
理想の刀とは今新たに生まれたこの名刀のことだと、
日本中すみずみにまでその名は知れ渡ったのだった。
【長唄「小鍛冶」と刀の色々】
長唄「小鍛冶」にはさまざまな刀が登場します。
龍泉は中国・浙江省にあった霊泉で、刀を鍛えるのにこの泉の水が適しているとされ、
松尾芭蕉『奥の細道』にもその逸話が引かれています。
太阿は中国の伝承上の名刀で、龍泉とともに中国の名刀として並び称されました。
天国・天の座・神息はそれぞれ古代日本の有名な刀鍛冶の名前であり、
また彼らが鍛えた刀のことも指します。
特に天国は日本刀剣の祖とされる伝説の刀鍛冶で、
それまで直刀だった日本刀を反りのある湾刀にしたはじめの人と伝えられます。
長唄「蜘蛛拍子舞」では、刀づくしの詞の中で天国・天の座・神息とともに三条宗近(小鍛冶)の名前も挙げられています。

【謡曲「小鍛冶」】
(あらすじ)
平安時代、一条天皇は名高い刀鍛冶の三条小鍛冶宗近に刀を打つように命じる。
優れた相槌の者がおらず途方にくれた小鍛治が氏神の稲荷明神に祈ると、
一人の童子が現れ、神通力によって刀を打つ力を貸し与えようと約束する。
小鍛冶がしめ縄を張って刀を打つ準備を整えると、稲荷明神の化身が現れて小鍛冶の相槌を打つ。
完成した刀の表には「小鍛冶宗近」、裏には稲荷明神が「子狐」と銘を入れた。
この刀は子狐丸と呼ばれ、後世に伝わる名刀となった。

(長唄との関係)
謡曲「小鍛冶」が稲荷明神の神力を話の中心にしているのに対して、
長唄では「心を磨く鍛冶の道」という詞からも分かるように、
神の力を借りながら一心に刀を打つ刀鍛冶の様子にスポットをあてています。
同じく「小鍛冶」を題材にした長唄に「今様小鍛冶」・「新小鍛冶」があります。


【語句の意味】
稲荷山 
京都市伏見区にある東山三十六峰の南端の山。また、そのふもとにある伏見稲荷大社。
伏見稲荷大社は全国の稲荷社の総本社であり、稲荷山全体が信仰の対象になっている。

三つの燈火  
伏見稲荷大社が三つの社を祀ることに由来する言い方。
 中世の名所和歌集『歌枕名寄』の稲荷山の項に、明神御歌(明神が詠んだ歌)として
「我たのむ人のねがひをてらすとてうき世にのこるみつのともしび」がある。

明らかに → 「明らかなり」
1.光が満ちてすみずみまで照らしているさま。心情に曇りのないさま。 
2.物事や道理がはっきりしていて、疑いを入れる隙がないさま。 

鍛冶 
「金打(かなうち)」が「かぬち」となり、「かぢ」に変化。
金属を打ち鍛えて、いろいろの器具を作ること、またそれを生業とする人。

著るき 
「著し」で、物事が目立ってはっきりしている、明白である、顕著である。

もろこし  中国。

金工  金属の細工をする人。鍛冶のこと。

相槌 
鍛冶などで、師の打つ間に弟子が槌を入れること。また、お互いに槌を打つこと。
この相槌の音がそろわない様子から「とんちんかん」という言葉が生まれた。

丁々 鐘の音や鍛冶の槌の音など、甲高い音が続いて響くさま。

余所 
1.他の場所、遠いところ。 
2.直接関係ないこと。他人のこと。

夜寒  晩秋の頃、夜半に寒さを覚えること。また、その季節。

麻衣  麻でつくった衣。

をち  
「遠・彼方」と書き、時間的・空間的に隔たっているところ。遠い昔や遠いところ。

打てやうつつの宇津の山 
『伊勢物語』九段の和歌
「駿河なる宇津の山辺のうつつにも夢にも人に逢はぬなりけり」を踏まえた表現。
 「打つ」「うつつ(現)」「宇津」の音を重ねる。

鄙  都の対義語。都から遠く離れたいなか。

こがるる 「焦がる」
1.焼けて焦げる。 2.日に照りつけられて変色する。火で焦げたような色になる。 
3.人を恋い慕う思いで胸が熱くなり、焦がれたようになる。 
「こがるる色」は一般に思い焦がれる様子を表すが、
ここでは紅葉が色づく様子と刀が火に焼ける様子をかける。

金床  鉄床とも。金属を叩いて鍛える金属の台。

秘密 
元は「秘奥深密」という仏教の言葉で、はっきりそれと示さないで説くこと。
転じて1.人に知らせない奥の手。秘法、秘術。 2.公にしないこと。出家すること。

大事  重大な事柄。重大事。

焼刃渡し 
刀剣を鍛えて刃をつけること。
刃物に年度をかぶせ、刀の部分の土を除去して火で熱し、
ぬるま湯に入れて堅くしたもの、あるいはそれによって生じた刃の模様が「焼刃」。

陰陽和合 
陰・陽の二気が合わさって万物を造化・創成すること。

薄紅葉  すっかり紅葉しきらず、薄く色づいた程度の木の葉。またその薄い赤色。

金色  金属の色。焼刃とともに刀剣の特徴を表す項目のひとつ。

霜夜  霜の置く寒い夜。冬の季語。

手柄  その人の身についた腕前。手腕。また、他から賞されるような働きをすること。

類ひなき 「類ひなし」
並ぶものがなく、もっとも優れている状態。

清光りんりん 
「清光」は清らかな光のことで、特に月の光をさして言う。
「りんりん」は「凛々」で勇ましいさま・りりしいさま。

麗し 
1.人物・ものなどの、外面的に乱れのない整った美しさ、正しく理想的であるさま。 
2.柔らかで潤いのある美しさ。

業物  名工が鍛えた切れ味のよい刀剣。

切もの 
「切物」でよく切れる刃物、
「切者」で主人の信用が篤く勢力を振るう人、またすぐれた頭脳・手腕のある人。

四方  四方から転じて、あちらこちら。至る所。