五色の糸
嘉永五年(1852)

作曲 二代目 杵屋勝三郎
〈本調子〉 
結びあふ 五色の糸の美しく 
偽紫にたとへにし みやびの群れの打ち解けて 四季の風情も色々に 
筒井筒より思ひそめ 幾世か君と深見草 浅きにあらぬ盃の 底に情をこめぬらん 
ささの浪風 和田津海の そよ吹く風もかくこそと 
桂男と謡はれて 闇こそよけれ雲のひま 
願ひの糸やアア 梶の葉の 稀に逢ふ夜は星合の 
二人が中居露濡れて むかひあうたる蝶さへも 女夫女夫のささめごと 

〈二上り〉 
長かれや 
秋の一と夜をナ 焦がれてみたる 声は 鈴虫わしゃ嬉しさに 
東雲告ぐるきぬぎぬも 可愛と啼きし巣のからす 
心のたけを打ち明かし 娘ごころの一と筋に 慕ふもゆかしなつかしき 
いつか逢瀬を澗間なる 緑の色の濃き薄き 誓ひも堅きかたばみや 
錦照りそふ花の原 その源の水清き 
詠めもよし野山風に 起き立つ千草ぞうるはしき 起き立つ千草ぞうるはしき

(歌詞は文化譜に従い、表記を一部改めた)


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ここに「五色の糸」のほんの一部をYouTubeで紹介しています 見られない方はこちらへ


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曲名の五色の糸とは、七夕の時に飾る色とりどりの糸のこと。
元々は七月七日に行われていた乞巧奠(きこうでん)という行事において、
機織り・裁縫の上達を祈願して祭壇に供えるものでしたが、
時代が下るにつれて、様々な願いを込めて笹竹に吊るして美しく吹き流す飾りになり、
「願いの糸」とも呼ばれるようになりました。
曲中の「五色の糸(願いの糸)」「ささ」「梶の葉」「星合」は、
どれも七夕と縁の深い言葉です。
現代の七夕は夏の行事ですが、旧暦では、七月は秋。
曲中に、七夕を示す言葉とともに「秋の一と夜」「鈴虫」などが唄われているのは、
七夕が秋の訪れを告げる行事だったからです。
日本の七夕は、中国の牽牛・織女の星合伝説や乞巧奠に加え、
日本古来の棚機つ女(たなばたつめ)伝説や民間風習などが混ざり合った、
少し不思議な行事です。
そのため、棚機つ女や織女にあやかって織物や技芸の上達を願ったり、
星合伝説にちなんで恋愛成就を願ったり、
歌を詠む風習や寺子屋の発達から文字・学問の上達を願ったり……、と、
多様な願いが込められる一夜になりました。
本曲では、若い娘の恋心が唄いこまれています。

と、ここまでは分かるのですが、
歌詞の一語一語を追いかけてみると、どうもはっきりとしない点や腑に落ちない点が多いのです。
「風流(みやび)の群れ」とは?「巣のからす」とは?「逢瀬を澗間なる」??
など、意味を的確につかみきれない表現があり、また
なんでここで「和田津海」?「蝶」? と、
歌詞のこまごましたところに違和感を感じます。
全体的な解釈にしても、
幼なじみへの一途な恋心、と読むには中間部が艶っぽすぎますし、
後半の情景描写も何を意味しているのか判然としません。
全体の雰囲気をつかむため、仮の現代語訳を下記に掲載しますが、
まだまだ課題の多い曲であることをお断りしておきます。



【こんなカンジで読んでみました】

風に吹かれて絡みあう五色の糸が、空を彩る七夕の夜。
にせむらさきとは二世の紫、来世を誓った私とあなたの深い縁を、
染め物に例えて言った言葉なんですって。
そんな風流な仲間同士が打ち解けて、いくつもの季節を過ごして、
髪も結わない幼い頃に、初めてあなたに恋をして、
どれほどの時間が過ぎたのかしら。
私たちは深い仲になりました、
浅くはない盃の底に、二人の思いを閉じ込めて。

笹の葉が夜空に波立つ眺めは、
まるで広い海原を風が渡っていくみたい。
月のような美男子と評判の立つあなたとの逢瀬は、
隠れていられる闇夜がいいのに、雲のすき間が邪魔するの、誰かに見つからないかしら。
久しぶりに逢える夜は、まるで織姫と彦星の秘密の逢瀬。
二人の仲もしっとり濡れて、つがいの蝶の羽音まで、
耳元でかわすないしょのささやき。
もう少し、ずっとこうしていられますように。
だってせっかく、長い秋の夜だもの。
恋に焦がれて夜通し鳴くのは鈴虫の声。
私はあなたといられる嬉しさに、
明け方の別れを告げる鳥の声なんて聞こえません。
明けがらすなんて出てこなくていいの、
そのまま巣にいて、ね、もう一度、可愛いって言ってくれる?
隠し事なんて何もないよ。
伝えたい私の気持ちはただひとつ、あなたのことが大好きです。
二人の逢瀬がいつの日か、
緑の谷間に根を下ろすかたばみのように、かたい誓いになればいい。
光り輝く花咲く野原、潤す水の流れは清く澄んで、
眺めの良い吉野山から吹き下ろす山風に、草々が美しく揺れる。
きれいなものだけいっぱい集めて、そんな二人でいられますように。



【年中行事 七夕】

■七夕の起源――乞巧奠と棚機つ女信仰

七夕は、古代中国の星合伝説をもとに、同じく中国から流入した乞巧奠(きこうでん)と、
日本固有の「棚機つ女(たなばたつめ)」信仰が習合した年中行事。
平安時代から宮中で行われていたが、江戸時代、
江戸幕府によって五節句の一つに定められてから、一般に広く行われるようになった。

星合伝説とは、
天にあった牽牛・織女の二星のうち、織女が遊楽にふけって機織りを怠ったため、
天の怒りを受けて天の川の両岸に引き離されてしまった。
後に許されて、年に一度、七月七日の夜だけ逢うことができるようになった、というもの。

この織女にあやかり、女性が染色や機織り、裁縫の上達を祈る行事が乞巧奠で、
平安時代には、既に宮中で行われていた記録が残る。
この乞巧奠では、庭にむしろを敷いて机を据え、季節の供物や琴のほかに、
五色の糸を通した金・銀製の針を供える。
また星合の様を眺めながら、詩歌・管弦の遊びをした。
室町時代になると、梶の木に歌を結びつけたり、硯・筆・墨を梶の葉に載せて供えるなど、
歌を詠み、供えることが行事の中心となった。
宮中の乞巧奠は江戸時代も続き、天皇が梶の葉に歌を書いて供えた。
笹竹も飾られるようになったが、これは民間で行われていた風習が流入したものと思われる。
江戸幕府は、七夕を五節句の一つと定め、正式な式日とした。
大名は七日、江戸城に出仕して祝儀を述べ、大奥ではさまざまな供物に加えて色紙や短冊に歌を書いて供え、
それを翌朝、品川の海へ流した。
供物を流すのは、これも民間における七夕の〈禊(みそぎ)・祓(はらえ)〉の意味が流入したものである。
以上のように、乞巧奠は、本来機織り・染色にまつわる祭事であったものが、
時代が下るにつれて歌を供えることが主となり、次第に儀式から娯楽化していった。
また、歌を梶の葉や短冊に書き付けることが、
江戸時代、手習い(寺子屋)の発達に伴って、筆跡上達を願う意味合いに変化していった。
さらには、民間で行われていた七夕行事(豊作祈願、盆の入りのための禊・祓)と結びつき、
多様な意味を含んだ〈七夕〉に変化、定着していったと考えられる。

〈七夕〉のもう一つの起源は、
日本に古くからあった「棚機つ女(たなばたつめ)」に対する信仰である。
棚機つ女とは、盆や暮の時期に、水辺に設けられた「棚」と呼ばれる祭壇で、
神の衣を織って神を迎える役割を担った乙女のこと。
祭事の期間が終了する際には、棚機つ女が神を送るのにあわせて、
村人は禊を行い、神に穢れを託して取り去ってもらった。
この盆の入りの時期がちょうど七月の上旬であり、乞巧奠が行われる七月七日と時期が重なること、
〈機織り〉によって星合伝説の織女と棚機つ女のイメージが重なることから、
両者が習合して、〈七夕〉という年中行事が形成されていった。
〈七夕〉の字を「たなばた」と読むのは、星合伝説の織女と棚機つ女信仰が同一視されたためである。

雨が降ると天の川があふれてしまって牽牛と織女が逢えないので、
七日の夜は雨が降らない方が良い、というのが一般的であるが、
その一方で、七夕にはたとえ一粒でも雨が降った方が良い、など、
「七夕雨」を祈る風習も残る。
これは、七夕が主に農村においては、
夏から秋へ移行する季節祭としての意味を持っていたことによるもので、
五穀豊穣が祈られるのもこのためである。


■江戸の七夕風俗

五色の糸
 元は機織り・裁縫・染色の技量向上を願って、糸巻に巻いた状態で祭壇に供えたが、
 後に吹き流しの状態で笹竹に飾るものになり、恋愛の成就を願うようにもなった。
 五色は、本来は五行で木火土金水に相当する青・赤・木・白・黒を言うが、
 後世には特に色を定めず、様々な色糸を用いたと考えられる。

竹売り・短冊売り
 江戸では、江戸時代から笹竹を戸口に飾るようになり、
 江戸時代後期になると屋根の上高くに掲げるようになった。
 笹竹売りが町中を売り歩き、
 短冊売りは短冊の他に、願いの糸、切り紙などのさまざまな飾り物も商った。
 短冊を飾るのは、幕府や大名家で短冊に歌を書いて飾ったことに由来するが、
 市中に普及したのは、寺子屋など手習いの習慣が広まったことによる。
 笹竹売りの前身を梶の葉売りとするのは誤りで、
 笹竹売りは江戸の風習、梶の葉売りは上方の風習と伝わる(『続江戸砂子』)。

そうめん
 宮中では、瘧(おこり)除けのまじないとして、七月七日に、
 小麦と米の粉を練って紐状にしたものをよりあわせた「索餅(さくべい)」を献じる風習があった。
 後世、七夕にそうめんを食べたり贈り合ったりするのは、この索餅の名残と言われる。

星合
 牽牛・織女の星合伝説にちなみ、七日の夜には、
 たらいに汲んだ水に星空を映して楽しむ遊びをした。



【語句について】

結びあふ
 「結ぶ」は1.細長いものをからみあわせてつなげる。
 2.手の指をからませたりして形をつくる。3.複数の人や物事とつながりを持つ。
 等の意味。ここでは吹き流しの糸がからまりあう様子を指して言う。

五色の糸
 【年中行事 七夕】参照。
 
偽紫
 1.江戸時代に流行した紫染めのひとつ。紫草で染めた「紫」に対して言う。
 蘇芳にみょうばんを混ぜて染める。
 2.(「にせ」に「二世」をかけ、また「紫のゆかり」とかけて)二世をかけた縁、夫婦の縁。
 ここでは2.の意で、前の五色の糸から色の縁で導いた語。

たとへにし 
 ハ行下二段動詞「たとふ」連用形+完了助動詞「ぬ」連用形+過去助動詞「き」連体形。
 たとえた(たとえてしまった)、なぞらえた(なぞらえてしまった)。

風流(みやび)の群れ
 類似表現等未詳。
 『長唄名曲要説』は「風流の道の友達仲間」とする。
 「みやび」は1.宮廷風で上品なこと、都会風であること、風雅・優美なさま。
 2.恋の情趣を解し、洗練された恋のふるまいであること。
 3.すぐれた風采、立派な姿。 の意味。
 また、「叢(むら)=草木など動かないものの一団」に対して、
 「群れ」は、人や動物など、動くものの一団を言う。
 ここでは、がんぜなく遊びに興じた幼いころの友人仲間を、風流に表現したものと解釈した。
 
筒井筒より思ひそめ 
 筒井筒は、筒井にある円い筒の井桁(いげた)のことだが、
 『伊勢物語』第二三段、幼い頃に筒井の周囲で遊んだ男女が詠み交わした和歌
 「筒井つの井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざる間に」
 「くらべこし振分髪も肩過ぎぬ君ならずして誰かあぐべき」
 で知られる。ここではこの話を踏まえ、「筒井筒」で「幼なじみであった頃」を示す。
 「思ひそめ」は「思ひ染む」(深く恋い慕う)、「思ひ初む」(思いはじめる、恋しはじめる)があり、
 どちらであっても本曲の文意に矛盾しない。
 前の歌詞「筒井筒より」に合せるなら「思ひ初む」の方が、
 跡の歌詞「幾世か君と深見草」に合せるなら「思ひ染む」の方が馴染むか。
 ここでは「思ひ初む」で解釈した。

幾世か君と深見草 
 「君と深(き縁?)」と「深見草」の掛詞。
 深見草は、歌語としては牡丹・藪柑子の異称だが、
 ここでは「深し」を表すために置かれているに過ぎない。

(浅きにあらぬ盃の 底に情をこめぬらん) 
 類歌等未詳。
 特に「浅きにあらぬ盃」、要検討。

ささの浪風 
 「浪風」は、波と風、また強い風が吹いて波がたつこと。
 本曲成立の嘉永五年頃には、笹竹は屋根の上に高く掲げて飾られるようになっているので、
 この表現は、笹が夜空にさざめく様子を描写したものと考えられる。

和田津海の そよ吹く風もかくこそと 
 和田津海は海のこと。
 古代神話では海を「わた」と称し、「つ」は「の」の意の助動詞、「み」は「霊」で神の意。
 「わだつみ」は本来「海の神」を指す語だったが、時代が下って海そのものを指すようになった。
 笹が風に波打つ様子から、海を風が吹き渡るさまを連想した表現。

桂男
 桂は月に生えているという伝説上の木で、
 桂男は月に住むという男、転じて月そのものを指しても言う。
 また、美男子のこと。

闇こそよけれ 雲のひま 
 「闇こそよけれ」は「闇が良い」。
 「ひま」は1.空間的なすきま。2.動作や状態の絶え間。 であるので、
 「雲のひま」は雲の切れ目、隙間のこと。
 『長唄名曲要説』では「月が雲の間にかくれる意」としているが、
 雲の切れ間は月が顔をのぞかせる部分であるので、やや不適切か。
 係助詞「こそ」+已然形の係り結びは、結びの後に文が続く場合には逆接表現になるので、
 「闇が良いが、雲の切れ間(があって、桂男のようなあなたがみつかってしまいそう)」
 と解釈した。

願ひの糸
 五色の糸に同じ。【年中行事 七夕】参照。

梶の葉 
 梶はクワ科の落葉高木で、葉は厚く、10~20㎝ほどの大きさになる。
 七夕の時、詩歌を書きつける風習があり、七夕の付合語(『俳諧類舩集』)。
 また七夕の時、葉に手紙を書いて恋人に送る風習もあったらしく、
 和歌では「梶の玉づさ」の表現も見られる。
 【年中行事 七夕】参照。

稀に逢ふ夜は星合の 
 男女の逢瀬を、牽牛・織女の星合伝説になぞらえて言う。

中居
 中居(仲居)は、
 1.将軍家や大名屋敷などで、勤仕する女性のいる所。またそこに勤める女性。
 2.寺院に属する下位の僧。
 3.江戸時代、商家などで奥女中と下女の中間で使われた女性。
 等の意味で、本曲の文意とは適合しない。
 「二人が中(仲)」というところを、語調を整えて「中居」と言ったものか。

露濡れて 
 露は秋の季語。
 また「濡る」は、男女間の情交のさま、しっとりと親密なさまも表す。

むかひあうたる蝶さへも 
 「むかひあうたる蝶」は、つがいの雄蝶雌蝶を表し、
 男女の仲睦まじいさまをなぞらえたもの。
 「さへ」は「~までも」。

女夫女夫のささめごと 
 「女夫(めうと)」は「妻夫・夫婦(めをと)」の転訛、妻と夫。夫婦。
 「私語(ささめごと)」は、ひそひそとささめきあう会話で、多く男女間の睦言にいう。

長かれや 
 前の「ささめごと」と後の「秋の一と夜」の両方に掛かる。

焦がれてみたる 声は 鈴虫わしゃ嬉しさに 
 文意・類歌ともに不明。
 「焦がれる」でなく「焦がれてみたる」とは?

東雲告ぐるきぬぎぬも 可愛と啼きし巣のからす 
 類歌があると思われるが未詳。
 「東雲」は 1.夜明け方。 2.明け方に東の空にたなびく雲。 で、ここでは1.の意。
 男女が共に過ごした夜明けの鳥の声は、別れをせかすものであるので、
 「暁の 別れの鶏と 皆人の 憎まれ口な あれ鳴くわいな 聞かせともなき 耳に手を」
 (長唄「宵は待ち」)のように、女性の恨みの対象になるのが常。
 ここでは、二人の仲の親密さに、からすも巣から出てこず(別れをせかさず)、
 睦言のように「かわいい……」と鳴くばかり、の意か。

心のたけ
 「たけ」は「丈」で、
 心の深さ、心の中のありったけ、思うことのすべて。

いつか逢瀬を澗間なる
 文意・修辞等不明。

誓ひも堅きかたばみや 
 「堅き」と「かたばみ」で韻を揃える。
 かたばみは原野・庭園などに自生する雑草。
 茎は四方に広がって地を這い、色は緑または赤茶など。
 葉・茎にシュウ酸を含むので、真鍮や鏡を磨くのに用いられ、
 「鏡草」「すいものぐさ」とも呼ばれる。季語として扱う場合には夏。

錦照りそふ
 「錦」は美しくうるわしいものを例えて言う語。
 「照りそふ」は、いよいよ光り輝く、輝きがまさる。

花の原
 不明。花の咲く原の意か。

詠めもよし野
 「眺めも良し」と「吉野(山)」を掛けた表現で、
 続く「山風」を導く働きもある。
 文意の上で、なぜここで吉野山が表出するのか不明。

山風に 起き立つ千草ぞうるはしき
 「山風」は山で吹く風、山から吹いてくる風。
 「千草」は多くの種類の草花の意。
 「山風」は和歌において、季節を限定する言葉ではないが、
 時代が下るにつれて秋冬の詠が増加する。 



【成立について】

嘉永五年(1852)初演。
作曲二代目杵屋勝三郎、作詞者不明。



【参考文献】

乾克己ほか編『日本伝奇伝説大事典』角川書店、1986
橋浦泰雄『民俗民芸双書3 月ごとの祭』岩崎美術社、1966
エディキューブ編『彩色 江戸の暮らし事典』双葉社、2013
加藤友康ほか編『年中行事大辞典』吉川弘文館、2009
江馬務『新装 江馬務著作集 日本の風俗文化』中央公論新社、2002
平田喜信・身﨑壽『和歌植物表現辞典』東京堂出版、1994
久保田淳・馬場あき子『歌ことば歌枕大辞典』角川書店、1999
鈴木棠三『日本年中行事辞典』角川書店、1977