都  鳥
安政二年(1855)六月
作詞 伊勢屋喜左衛門か
作曲 二代目 杵屋勝三郎
〈本調子〉 
たよりくる 船の内こそゆかしけれ 
君なつかしと都鳥 幾代かここに隅田川 往来の人に名のみ問はれて 
花の蔭 水に浮かれて面白や 河上遠く降る雨の 晴れて逢ふ夜を待乳山 逢うて嬉しき 
あれ見やしゃんせ 
翼交はして濡るる夜は いつしか更けて水の音 思ひ思うて深み草 
結びつ解いつ乱れ合うたる夜もすがら はやきぬぎぬの 鐘の声 
憎やつれなく明くる夏の夜


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ここに「都鳥」のほんの一部をYouTubeで紹介しています 見られない方はこちらへ
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 名前に「都」とついているなら、さあお前に尋ねてみよう、都鳥よ。
遠い都にいる私の愛するあの人は、変わらずにいるのかどうかを――。
 「名にしおはば…」の業平の和歌以来「隅田川の都鳥」はつとに有名になり、多くの都人が歌に詠みました。
 でも都の人は、「みやこ」という響きに自分が帰るべき「都」を懐かしみ、愛する人を思うばかり。
都鳥そのものを愛したわけではありませんでした。
 いつも名前を問われるだけの都鳥よ、お前は寂しくないのかい――。
 長唄「都鳥」は、波間にぽつんと漂う都鳥に、帰る場所を持つ人を愛した女性を重ね、ふたつの孤独を隅田川の瀬音に流します。
 都の人とは全く逆のまなざしで都鳥の孤影に寄り添うこの唄は、
長唄が「江戸」という町にはぐくまれたことを強く感じさせる作品です。


【こんなカンジで読んでみました】
あなたが来るのを待っている船の中で、いつもよりずっとあなたのことを思ってる。
行き過ぎる人たちにただ名前を聞かれるだけの都鳥は、
もうどれくらい隅田川に住んで、去って行く人を見送ってきたんだろう。
土手の桜を映す水面がゆらゆら揺れて、都鳥もゆらゆら、きれいね。
長いこと逢えなかったのは、私の知らない遠くの誰かが、あなたに雨を降らせていたからでしょう。
私にできるのは、待乳山聖天にお祈りして、ただあなたを待つことだけでした。
だから逢えて嬉しいの。
ね、もっとこっち来て。
そばへ来てあれをご覧なさいな。
夕闇の中、都鳥の影がふたつ重なって。私達みたいね。
あなたの腕の中にいる夜は、時間が過ぎるのも分からなくなる。
川の音しか聞こえない、夏の闇の深いところまであなたに溺れて、
つながったり、ほどけたり、一晩中、それでいいよ。

いつの間にかしらじらと、別れの合図の鐘が鳴った。
今、ちょっとほっとしたでしょ。
憎たらしいわ。鐘の音じゃない、鐘の音くらいでつれなく明ける短い夏の夜が。
それから、鐘の音くらいで朝の顔に戻るあなたも。
好きよ。ごめんね。


【都鳥】
 古典文学に登場する「都鳥」は、現在「都民の鳥」に指定されているユリカモメのこと。
全身が白く、くちばしと脚が赤い鳥で、夏は頭部の羽が黒くなる。
都鳥が登場する『伊勢物語』九段に
「白き鳥の、はしとあしと赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ」
とあることなどからユリカモメと推定されているが、
この都鳥とは別に、現在も「ミヤコドリ」と呼ばれる別種の鳥が存在する。

【伊勢物語】
 平安時代前期に成立した歌物語。
在原業平と思われる「昔男」の恋のエピソードを、和歌を中心に一代記風にまとめたもの。
全百二十五段。
 九段では、身分違いの恋の果てに東国へ下った昔男が隅田川で渡し船に乗る。
見慣れぬ鳥の名を船頭に尋ねると、「これなむ都鳥」と教えられ、
「名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」
と詠んで涙にくれる。
現在隅田川にかかる「業平橋」「言問橋」の名は、この『伊勢物語』九段にちなんだもの。
 また、この物語を下敷きに、梅若伝説に基づいてつくられたのが謡曲「隅田川」で、
これを原点に「隅田川もの」と呼ばれる多くの歌舞伎・浄瑠璃が生まれた。
長唄「賤機帯」もそのひとつ。

【語句の意味】
たより 
 音信、手紙。縁、ゆかり。訪れ。ついで、機会。手がかり。頼みにできるもの。
 ここでは訪れの意味で解釈した。

ゆかし 
 「行く」に対応する形容詞で、心が強くひきつけられ、その方向に進んで行く思いを表す。
 見たい、知りたい、聞きたい、逢いたいなど。

なつかし
 心がひかれ、愛着を覚えて離れたくない。
 中世以降、過去のものや離れているものに対して慕情も指すようになった。

なつかしと都鳥
 「なつかしと見ゆ(逢いたいと自然と思う)」と「都鳥」をかけた表現。

幾世 どれくらいの年月。また、長い間。

名のみ問はれて
 『伊勢物語』九段の和歌(【伊勢物語】参照)を踏まえた表現。

花のかげ 
 「花の蔭」で、花が光をさえぎってできる木陰。
 「花の影」で、水面に映っている花の姿。

浮かれて
 「浮く」に自発の助動詞「る」がついた表現で、本来あるべき所を離れてふわふわと漂う様子を表す。
 現代語の「浮かれる」は、浮き浮きして心が落ち着かない様子を言うが、
ここでは水面に映る花の姿がゆらゆら揺れる様子、もしくは花の映る水面を都鳥がふわふわと漂う様子を表す。

面白や
 「面白し」は見ていて気持ちが良いような、明るい趣深さを表す。
 「や」は詠嘆を表す助詞。

河上遠く降る雨の晴れて逢う夜
 「雨」からの連想で「晴れ」を導き、「晴れて逢う夜」とつなげる。
 「河上遠く降る雨」は隅田川の渡しを妨げるものだが、暗に相手の訪れを妨げる人の存在も示すか。

待乳山 
「待つ」と「待乳山」をかけた表現。
 待乳山聖天は隅田川岸・浅草にある丘で、歓喜天をまつる待乳山聖天がある。
 歓喜天は男女和合の神とされ、隅田川沿いの花柳界からも信仰を集めた。

あれ見やしゃんせ
 「~しゃんす」は尊敬の意味を表す助動詞で、近世、遊里の女性が主に用いた。
 「見やしゃんせ」は命令形なので、「ご覧なさいな」の意。

翼交わして
 「翼を交わす」は互いに翼で抱き合うようにすること、 転じて深く慣れ親しむこと。

濡るる夜
 「濡る」は男女が色事をすること。男女間の甘い口舌や媚び。

深み草
 牡丹、また藪柑子(やぶこうじ)の異名。ここでは「深みにはまる」をかけた表現。

結びつ解いつ
 「つ」は並列の助動詞で、結んだり解いたり。
 直接的には衣・帯を結んだり解いたりすることで男女の情交を示唆するが、
 同時に互いの心をかよわせたり離れたりする機微も含んだ表現と読める。

夜もすがら  夜通し。一晩中。

きぬぎぬの鐘の声
 「きぬぎぬ」は「衣衣・後朝」と書き、共寝をした男女が別れていく朝のこと。
 明けの鐘。

つれなく
 「つれなし」は、関係の意の「連れ」がない状態を示す「連れ無し」が原義で、
 周囲のものと何の関係も持たないさまを表す。
冷淡だ、ひややかだ。関心がない。なんの変化もない。


【成立について】
 『長唄名曲要説』には「女清玄の隅田川の場面の独吟に用いられた」とあるが、
「女清玄」こと『隅田川花御所染』の初演は文化十一(1814)年で、「都鳥」の初演とあわない。
 『邦楽曲名辞典』ではこの説を誤りとする。