二 つ 巴
大正六年(1917)十月
作者 竹柴金作
作曲 四代目 杵屋佐吉
〈三下り〉 
花に遊ばば祇園あたりの色揃ひ 東方南方北方西方 
弥陀の浄土へひっかりひかひか 光り輝く花揃ひ わいわいのわいとな 
浮世とは 浮いた騒ぎにうかれて暮らす 夜を昼なる全盛は 軒の燈火闇路も明く 
花の街に土地一力の 広間に続く長廊下 手の鳴る方とさんざめく 声にそやされうろうろと 
酒にめんない千鳥足 出会ひ頭に手を取って それ酒じゃ酒じゃ 目かくし取って 
これは失礼人違い 御免御免とたわいなき 体ぞ仲居も末社ども 手持ち無沙汰のきょろきょろ目 
酒はさめねど興さまし こそこそ逃げて行く影を じっと見送り侍達 
大星氏 お頭お眼覚まさせませう 
揺り起こされても心は空 東の出立はいつ頃でござるな 
これはまたきつい野暮 我等の相手は天の美祿 そもや神代の昔を今に お神酒ささげぬ神はない 
ちょと銚つけと差し出すを 全く本心放埓と 袖振りきっておもて口 
畳蹴立てて出でて行く 更けて廓の粧ひ見れば 閨の燈し火うちそむき 浮寝の床の夢の花 
散らす嵐の誘ひ来て そっと呼び出す連れ人男の子 
余所のさらばもなほ哀れにて かねて頼みし彼の品は 丹精こめて此の文箱に 是ぞ我等が虎の巻 
大儀であった うちも中戸を明けの鐘の音 君に逢ふとて小簾戸に立てば 月も推して雲隠れ 
首尾はよいよいササよいやさ 辛気辛気の胸の内 それと心もつくづくと 
余所の恋路も羨ましうて 後ろへしょんぼり立ち姿 
オオかるか 身の上の大事とこそはなりにけり と押しかくせば 繋ぎそめたる色糸の 
恋や浮気といふやうな 浮いた心の水色に 縁も浅黄の一夜妻 ただの馴染かなぞのやう 
包むほどなほいや勝る 胸に炎の萌黄色 うら紫に女郎花 その模様さへ秋草と 
いふもどうやら気がかりと かこち涙に紅の 袖に露置くなまめきし 
仇な姿に一としほの 風情ぞまさる床の花 いや疑ふな此中は しんぞ命も打ち込んだ 
そもじの姿夜昼を 丹精込めて描かせし 君傾城の十二時 肱をまくらの転寝にも 肌身放さぬ絵巻物と 
開けばひらく笑の眉 門に小者が小提灯 旦那の御迎うき様の 迎ひと呼ぶ声の下  
それお立ちぢゃと 家中が 下駄直すやら土下座やら 槌で庭掃く追従を 跡にのこして長縄手 
明日のうわさや京四つの 駕にゆられて

[大薩摩]
頃しも師走中旬とて 劔の風に打ちまざり 白き矢玉にさも似たる 巴とめぐる六の花 
暮れてはいとど小止みなく 銀延べし道もせに 更くるを待って亥の刻過ぎ 
四十有余の人々は 皆一様の装束に 手に手にえものいかめしく 忠義に神も舎るなる 高の邸の裏表 
門際近く詰め寄せて 頭領大星良包が やがて打ち出す  
山鹿流 川と答へる合言葉 名に大鷲が大刀の かけやに砕く大扉 一度にどっと入り込みしは 
勇ましくもまたすさまじし 
すはや夜討と宿直の武士 出会え出会えと走せ違ふ 
良包采を打ちふりて 逃ぐるを追わず只一と筋 師直一人目がけよと 踏み込む向こふへ小林が 
両刀提げ仁王立ち され共人々鉄石と堅めし太刀先少しもひるまず 
南の隅の雑部屋に 目ざすお敵を仕とめしは 
雪の旦のしののめに 昇る旭と諸共に 名は末世まで高輪へ 苔なめらかに残す碑