[前弾]〈三下り〉
小々波や 八十の湊に吹く風の 身に沁み初むる比叡颪 千船百船艪を立てて 入るや岸根の柳影
この寝ぬる 浅妻船の浅からぬ 契りの昔 驪山宮
抑鞨鼓の始まりは 靺鞨国より伝へ来て 唐の明皇愛で給ひ そりゃ言わいでも済まうぞえ
済まぬ口説の言ひがかり 背中合わせの床の山 こちら向かせて引寄せて 抓って見ても漕ぐ船の
仇し仇波浮気づら 誰に契りを交わして色を かえて日影に朝顔の
花の桂に寝乱れし 枕恥かし辛気でならぬえ
筑摩祭りの神さんも 何故に男はそれなりに 沖津島山よる波の 寄せては返す袖の上 露散る芦の花心
〈二上り〉
月待つと 其約束の宵の月 高くなるまで待たせておいて 独り袂の移り香を
片割月と頼めても 水の月影流れ行く 末は雲間に三日の月 恋は曲者忍ぶ夜の 軒の月影隠れても
余る思ひの色見せて 秋の虫の音冴え渡り 閏の月さへ枕に通ふ 鈴もりんりん振りつづみ
しをらしや 弓の影かと驚きし 鳥は池辺の木に宿し 魚は月下の波に臥す 其秋の夜も今は早
鐘も聞えて明方の 入るさの月の影惜しき 月の名残りや惜しむらん