高砂丹前
天明五年(1785)十一月

作者 初代 杵屋正次郎
[謡次第] 
今を始の旅衣 今を始の旅衣 日も行末ぞ久しき 

〈二上り〉 
高砂や木の下蔭の尉と姥 松諸共に我見ても 久しくなりぬ 住吉の この浦船に打乗りて 
月諸共に出で汐や これは目出度き世のためし 老木の姿引きかへて 
妹背わりなき女夫松 葉色は同じ深緑 見れども思ひの尽きせぬは 真なりけり恋衣 
実に恋は曲者 たとへ万里は隔つとも 慕ふ心はそりゃ云はんすな 
朝な夕なに空吹く風も 落葉衣の袖引きまとふ 思ふ殿御はつれなの身にし 塒に残る仇枕 
扨も見事になア 振って振り込む花槍は 雪かあらぬかちらちらちらと白鳥毛 
振れさ ドッコイ ふれさ ドッコイ 袖は ひらひら 台傘立傘恋風に靡かんせ 
ずんど伸ばして しゃんと受けたる柳腰 しゃなり ふりやり流し目は 可愛らしさの色の宿入り 

〈三下り〉 
松の名所は様々に あれ三保の松羽衣の 松にかけたる尾上の鐘よ 逢ひに相生夫婦松 
中に緑のいとしらしさの姫小松 二蓋三蓋五葉の松 いく代重ねん千代見草 しほらしや 
西の海 青木が原の波間より 現れ出でし神松に 降り積む雪の朝香潟 玉藻刈るなる岸蔭の 
[謡] 
松根に倚って腰を摩れば 千年の緑手に満てり 指す腕には悪魔を払ひ おさむる手には寿福を抱き 
入り来る 入り来る 花の顔見せ貴賎の袂 袖を連ねて颯々の 声ぞ楽しむいさぎよや