月 の 巻
文政十年(1827)三月
作詞 二代目 桜田治助
作曲 四代目 杵屋六三郎
[セリ上合方]〈本調子〉 
野路の玉川萩越えて 色なる波と詠人の 俊頼卿に引きかへて いざよふ月のしなものに 
冴えた仕丁の出立栄 水の鏡に影宿る 姿をここに狩衣の 主やゆかしと振袖に 包む思ひの解けしなく 
結ぶの神に願事を 掛け奉る白張に 烏帽子も気軽気さく者 
今日のお出では紺屋の使ひ とはどうでんす 
色の事じゃと取ってゐる オオさてそんなら明後日か ハテさうであろう さうかいな 
忍び詣の帰り路も 隈なき夜半に雁金の 薄墨に書く玉章と 誰が夕紅葉織り映えて 
秋野の錦いろいろの 色を染めなす龍田姫 姿もさぞな朝顔の 指す手引く手に小車の 花を巡らす舞扇 
返す袂をちょと男郎花 何を紫苑の仇心 荻の浮気につい招かれて 薄に露のこぼれ萩 うらやまし 
千種結びにこちゃよい殿と 縁定めて二世掛香の嬉しさに 長柄の蝶の妹背事 
いつかいつかとその蜩を 待つに松虫やるせがなうて もしや夢にも君こおろぎと 
中で蛍の焦がれていなご きりぎりす 寝もせで賤の遠砧 

〈二上り〉 
井出の山吹蛙がなぶる サッサそっこでどうじゃいな 回る津の国卯の花薫る 
月が鳴いたか時鳥 武蔵が調布野路の萩 野田に千鳥よソレ高野じゃ 飲めぬ水 
鎌倉見たか江戸見たか 江戸は見たれど 鎌倉名所はまだ見ない 派手な振袖ソレそっこが花ぢゃもの 
エエそちらまで憎らしい テモさっても和御寮は 誰の神のみたねにて 天官かつらをしゃんと着て 
踊る振りが見事え 吉野龍田の花よりも 紅葉よりも 恋しき君が殿造り 
萩の枝折をしるべにて いざやとあるを止むる袖 振りきり原の駒ならで 
心の手綱一と筋に 月の玉鉾 後に本当こりゃどうぢゃ あいつ一人で取り持ちを 
科戸の風に入船は しかも常陸の鹿島浦 コレワイナ 今年や世がよい豊年で 米が十分色事も 
ホーヤレホー 穂に穂が咲くといな オヤモサ オヤモサ ヤア対の定紋 
どうしたへうりの瓢箪で ヨイヨイ 恋を知らざる 鐘撞く野暮めは西の海 
ヤレコレそこらでこれわいな 可愛いがられた竹の子も 今は抜かれて剥かれて 
桶のたがに掛けられて締められた 締めろやれ
ヤレコレそこらでこれわいナ面白や その戯れに興増して また明日も来ん名所の 眺めにあかぬ風情かや