喜  撰
天保二年(1831)三月
作詞 松本幸二
作曲 十代目 杵屋六左衛門
[浄瑠璃] 
我庵は芝居の辰巳常磐町 しかも浮き世を離れ里

〈二上り〉 
世辞で丸めて浮気でこねて 小町桜の眺めにあかぬ きゃつにうっかり眉毛を読まれ 
法師法師はきつつきの 素見ぞめきで帰らりょか わしは瓢箪 浮く身ぢゃけれど 
主は鯰の取りどころ ぬらりくらりと今日もまた 浮かれ浮かれて来たりける 
もしやと御簾をよそながら 喜撰の花香茶の給仕 浪立つ胸を押し撫でて 締まりなけれど鉢巻を 
いくたび締めて水馴れ棹 濡れてみたさに手を取って 小町の夕立縁の時雨 化粧の窓の手を組んで
どう見直して胴ぶるひ 今日の御見の初昔 悪性と聞いてこの胸が 朧の月や松の影 
私ゃお前の政所 いつか果報も一森と 褒められたさの身の願ひ 惚れ過ぎるほど愚痴な気に 
心の底の知れかねて じれったいでは ないかいな なぜ惚れさせたこれ姉え 
うぬぼれ過ぎた悪洒落な 私もそんなら勢い肌 五十五貫でやろうなら 回りなんしえ 
がらがら鉄棒に 路次ゃ締まりやす 長屋の姉えが鉄砲絞りの半襟か 花見の煙管ぢゃあるめえし 
素敵に首にからんだは 廊下鳶が油揚さらひ お隣の花魁へ 知らねえ顔もすさまじひ 
何だか高い観音様の 鳩は五重や三重の 塔の九輪へ止まりやす 粋といわれて浮いた同士 
ヤレ色の世界に出家を遂げる ヤレヤレヤレ細かにちょぼくれ 
愚僧が住家は 京の辰巳の世を宇治山とは 人はいふなり 
ちゃちゃくちゃ茶園の はなす濃茶の 縁は橋姫 夕べの口舌の 袖の移り香 花橘の 
小島が崎より 一散走りに 走って戻れば 内のかかあが 悋気の角文字 牛も涎を 流るる川瀬の 
口説けば内へ 我から焦がるる 蛍を集めて 手管の学問 唐も日本も 廓の恋路が 
山吹流しの 水に照りそふ 朝日のお山 誰でも彼でも 二世の契りは 平等院とや 
さりとはこれは うるせえこんだに 帰命頂礼銅鑼如来 衆生手だての歌念仏 
釈迦牟尼仏の床急ぎ 抱いて涅槃の長枕 睦言がはりのお経文 
なんまいだなんまいだ なんまいだ なぜに届かぬ我が思ひ ほんにサ 忍ぶ恋には如来まで 
きてみやしゃんせ阿弥陀笠 黄金肌で ありがたや なんまいだなんまいだ なんまいだ 
なぜに届かぬ我が思ひ ほんにサ ここに極まる楽しさよ 
浪花江の 片葉の蘆の 結ぼれかかり アレワサ コレワサ 解けてほぐれて合ふことも 
待つに甲斐ある ヤンレ夏の雨 やアとこせ よいやな ありゃありゃ これわいな 
この何でもせ 住吉も 岸辺の茶屋に腰打ちかけて ヨイヤサ コレワサ 
松でつろやれ蛤を 逢うて嬉しきヤンレ夏の月 やアとこせ よいやな ありゃりゃ これはいな 
この何んでもせ 姉さんおんじょかえ 島田金谷は川の間 旅籠はびたでお定まり 
お泊りならば泊らんせ お風呂もどんどん沸いてある 障子もこのごろ張り替へた 
畳みもこのごろ替へてある お寝間の伽をまけにして 草鞋の紐の仇解けの 
結んだ縁の一夜妻 あんまり憎うも あるまいか ても さうだろさうだろさうであろ 
住吉様の岸の姫松めでたさよ いさめのご祈祷 清めのご祈祷 
天下泰平国土安泰めでたさよ 来世は生を黒牡丹 己が庵へ 己が庵へ帰り行く