官  女
天保元年(1830)三月
作詞 松井幸三
作曲 四代目 杵屋三郎助(後の十代目六左衛門)
見渡せば柳桜に錦する 都はいつか故郷に 馴れし手業の可愛らし 

〈二上り〉
こちの在所はなア ここなここな この浜越えて あの浜越えて ずっとの下の下の関 
内裡風俗あだなまめきて 小鯛買はんか鱧買やれ 鰈買はんかや鯛や鱧 これ買うてたもいのう 
あアしよんがいな いかにみすぎぢゃよすぎぢゃとても おまな売る身は蓮葉なものぢゃえ 
徒歩はだし そなた思へば室と八島で塩やく煙 立ちし浮名も厭ひはせいで 
朝な夕なに胸くゆらする 楫を絶えてやふっつりと たよりなぎさに捨小舟 
[琴唄]
心づくしの明暮に 乱れしままの黒髪も 取上げてゆふかね言の 生田の森の幾度か 
思ひ過して 恥かしく 顔も赤間が関せかれては 枕に寒き几帳の風も 今は苫洩る月影に 
泣いてあかしの海女の袖 いつ檜扇を松の葉の 磯馴小唄の一ふしに 
[浜唄]

〈三下り〉
 友のぞめきにそそのかされて 船の帆綱をかけぬが無理か 須磨よ須磨よ 
いとど恋には身をやつす 夜半の水鶏を砧と聞いて 
たてし金戸を開けぬが無理か 須磨よ須磨よ
怨みがちなる床の内 憂やつらや 
波のあはれや壇の浦 打合ひ刺違ふ船戦の駈引き 浮き沈むとせし程に 
春の夜の波より明けて 敵と見えしは群れ居る? 鬨の声と聞えしは 
浦風なりけり高松の 浦風なりけり高松の 朝嵐とぞなりにける

(歌詞は文化譜により、表記を一部改めた)



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「官女」とは宮中にお仕えする女性のこと。まず思い浮かぶのは、雛飾りの「三人官女」でしょうか。
三人官女の人形は、赤い袴を履いて檜扇を持った優美な姿ですが
この曲の主題となっているのは都で風流な生活を送る官女ではありません。
源平合戦の後、壇ノ浦があった下関に残され、魚売りをして生計をたてた平家の女官です。

零落した身の上になっても隠しきれない高貴な素性は、歌詞中の女房詞に見え隠れします。
歌詞には平家ゆかりの地名が多数登場し、聴く人に平家がたどった滅亡への道筋を思い起こさせます。
同時にこれらの地名は、和歌に多く詠まれた地名(歌枕)でもあります。
歌枕には「須磨=流離」「室の屋島=煙=恋」など、固有のイメージがあります。
本曲はそういったイメージも効果的に利用しつつ、
散文(『平家物語』)と韻文(和歌)の魅力を見事に融合させた文学といえるでしょう。
唄の結びにしても、源義経の勝修羅能である謡曲「八島」の詞章を用いながら、
敗者である平家の、しかも戦いの後に残された官女の心象風景にあてはめるという、
あざやかな視点の転換がなされています。
華々しい源平の武者たちの合戦と、栄枯盛衰。
本曲が唄うのは、「猛き者」たちの物語であった『平家物語』のサイドストーリー。
都から遠く離れた地で、思い出とともに「今」を懸命に生きた、愛らしくも切ない女性たちの姿です。



【こんなカンジで読んでみました】

見渡せば、柳と桜が錦のように町を染め上げていた都の春。
その都は、いつしか遠いふるさとの記憶になり、今は身に馴染んだ手仕事の、いじらしいことよ。

今、私がいるところはね、この浜越えてあの浜越えて、都からずっとずっと遠く下った、ここ、下関。
内裏暮らしで身についた、優雅な身振りも今は空しく、
小鯛買いませんか、鱧お買いなさいよ。鰈はいかが、鯛に鱧に、ねえ、これ買ってくださいませな。
ああ。いくら生きる道だと言っても、人呼び止めてはお魚売る身、さぞ軽い女に見えるのでしょう。
私は今日もはだしで歩く。
室と八島で藻塩を焼く煙のように浮名が立つのもいとわずに、あなたを思って朝も夜も胸を焦がしています。
海を渡る船は楫をなくしてしまったのでしょうか。
あなたからの便りがふっつりと途切れた今の私は、渚に捨てられた小舟と同じ。頼るものなど、何もないの。

あなたへの物思いに心を尽して、海辺での毎日を過ごしています。
潮風に乱れたままの黒髪を結いながら、乱れ髪のままあなたとかわした約束を、
いくたびもいくたびも思い出しては、恥ずかしさに顔を赤らめたりしながら。
でも、そんな愛しい日々は、赤間が関に隔てられた向こう側の思い出。
あの頃、御所の中で枕元の几帳をなびかせた風は、粗末な屋根から漏れる月の光に変わりました。
泣いて夜を明かす私の袖は、明石の海女の袖のように濡れています。
いつか逢う日を待つうちに、潮風に吹かれた磯馴松のように、私の身も、浦での暮らしに馴染んでしまいました。
こんな楽しげな、磯馴小唄を聞きながら。

「♪友にはやされその気になって、船の帆綱をかけないで、
ふらふらと会いに行ったのがいけなかったかな? 須磨よ、須磨よ、ますます恋にのめりこむ。
夜更けの水鶏の鳴声を、砧の音だと思ったの。ほんとはあなたが金戸を叩いてたのね、
開けなくってごめんなさいね。須磨よ、須磨よ、……」

恨まずにはいられない、一人で眠る床の中。悲しくて、切なくて、思い出すのはあの時のこと。……
……波間に消える泡のように、すべてがうたかたと消えた、哀れを誘う壇の浦。
強者たちが打ち合い差し違う船戦の一進一退、波に浮いたり沈んだりしている、その時。
目が覚めて浦へ出てみれば、春の夜が波の向こうから明けていきます。
敵に見えていたのは群がっていた鴎。戦陣の雄叫びに聞こえていたのは、高松に吹く浦風でした。
時が帰るはずもなく、誰もいない海岸に、ただ、朝の嵐が吹き荒れていたのでした。