〈本調子〉
鶏が啼く 花の東に立つ春の 明けて目出度き島台は 富士と筑波にたとえにし
遠近やまも白妙や まだ深からぬ春の日に 残んの雪の解けそめて 空も長閑にそよそよと
旭も匂ふ梅が風 四方にわたりて軒端もる 屠蘇の香りや梅も咲け
彼潯陽に伝へ聞く 猩々舞にあらねども さす手引く手の盃に
〈二上り〉
ほのめく色のとも移り 薄紅梅の酔心 開く扇の末広や 声も豊かに四海波
しづけき御代に鴬の いつか来啼きて花の笑み にこ羽子のこの数々も ひとふた三重の初霞
曵くや柳の糸竹も 長き齢は鶴亀や 変わらぬ色は松竹に 千代の声添ふ喜三が春
梅の栄と世に広く 三つの緒琴に祝すひとふし
■長唄「梅の栄」メモ
三代目杵屋正治郎の作詞作曲で、
岡安喜三梅と自分の結婚を祝った曲とも、岡安喜三郎の正月お浚いの時の作曲とも伝えられます。
歌詞には「立つ春の明けて」「屠蘇」「羽子のこ」「初霞」など新年を表す言葉が多用されているので、
初春の曲とするのが妥当のようです。
その一方で「島台」「四海波」などは婚礼と新年の両方を示唆する言葉であり、
正治郎は初春を祝う歌詞の裏側に、喜三梅との婚礼もうまく詠みこんだのだと思います。
短い曲に4回も「梅」という言葉を詠みこんでいるのは、やはり喜三梅との婚礼を意識しているからでしょう。
とはいえ、梅は言葉遊びのためだけに用いられているわけではありません。
和歌では主に香りを賞賛される梅ですが、この唄は香りに限らず、ほのかな色合いや咲き開いた愛らしい姿など、
梅の魅力を余すところなく表現しています。
春を迎える喜び、そして妻を迎える喜び。
聴いていて思わず顔がほころぶような、幸せに満ちた曲です。
【こんなカンジで読んでみました】
「鶏が啼く」と歌われたのは、はるか万葉の昔のこと。
今では花の東となった東京に、春立つ今日のめでたいことよ。……
■「梅の栄」の解説・現代語訳・語句注釈は、
『長唄の世界へようこそ 読んで味わう、長唄入門』(細谷朋子著、春風社刊)
に収録されています。
詳しくは【長唄メモ】トップページをご覧ください。
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「梅の栄」【稽古三味線で合方演奏】