安宅の松
明和元年(1764)十一月


[次第クヅシ]〈本調子〉
旅の衣は篠懸の 旅の衣は篠懸の 露けき袖やしをるらん 
都の外の旅の空 日もはるばると越路の末 思ひやるこそ遙かなれ 東雲早く明け行けば 
浅茅色づく有乳山 気比の海 宮居久しき神垣や 松の木の芽山 なほ行く先に見えたるは 
杣山人の板取 川瀬の水の浅洲津や 末は三国の湊なる 蘆の篠原波寄せて 靡く嵐の烈しきは
花の安宅に着きにけり [出合方]

落葉掻くなる里の童の 野辺の遊びも余念なく こりゃたがめづき ちっちゃこもちや桂の葉 
ちんがちがちがちんがらこ 走り走り走りついて 先へ行くのは酒やのおてこ 
後へ退るはおほかみきつね あまが紅つけて 父や母に言はうよ 
言うたら大事か そってくりょ 葉越しの葉越しの月の影 

〈二上り〉
裏のなア 裏の背戸やの今年竹 笛にせうもの草笛に 笛になりたや忍ぶ夜の 笛は思ひを口うつし
アアアアしょんがいな しょんがいな 忍ぶ 忍ぶ其身は安宅の松よ 雪の夜毎の汐風に 
揉まれ揉まれて立ちつくし あれして これして しょんがいな アア面白や 
絶えずや絶えずや 子宝一に千石米蔵 常陸の国の角岡に 黄金の花が咲いたよさ 
にっこりはっこり ホホホ ホホホ ほほほほほ お笑ひめしたはしっかい在所の 
庄屋殿だんべい いっかいいっかい いっかい俵に 酒樽千倍 万倍 万倍 万万倍 
うっておけ しゃんしゃん うっておけ しゃんしゃん 神の鈴はしゃんぐしゃんぐと 
さっても揃うた子宝 一度に問へば おとよ けさよ 辰松ゆる松だんだらいなごにかいつくぼう 
ひっつくぼう かいつくひっつく しゃんしゃん 扇になじむ風の子や 風の木の葉の散りぢりに 
里をさしてぞ ゆめゆめ疑ひ荒磯の 砂を飛ばす土煙り 梢木の葉もばらばらばら 
俄に吹来るはやち風 天地も一度に鳴動して 岩石枯木ゆさゆさゆさ どろどろどっと山颪の 
風かあらぬか其姿 見失ひてぞ 見失ひてぞ立ちにける