五 条 橋
明治三十年代
作詞 三宅豹隠
作曲 十三代目 杵屋六左衛門
〈本調子〉[大薩摩]
それ都大路を南北に 貫き流る加茂川に うち渡したる五条橋 
花の都も行く秋の 風すさまじく更くる夜は 往来途絶えてもの淋し 
さても源の牛若丸 今宵も五条の橋に出で 笛面白く吹き鳴らす 
音も静かに更くるまま 通る人をぞ待ち居たる 
ここに西塔の武蔵坊弁慶は 元より好む大長刀
真ん中取って打ちかつぎ 橋板荒かに踏みならし 向ふをきっと打ち見やり 
夜更けて女性の立ったるは 必定しれもの目に物見せんと 
長刀やがて取り直し 切ってかかれば 
牛若は 薄衣引退け 太刀抜き放ち 詰めつ 開ひつ 戦ふうち 
牛若手元に寄るぞと見えしが 畳み重ねて打つ太刀に

〈一下り〉 
さしもの弁慶あしらひかね 橋桁二三間飛びしさり 又も長刀柄長く押取り 
走りかかって丁と切れば そむけて右に飛び違ふ 
取り直して裾を薙ぎはらへば 踊り上って足もためず 
宙を払へば頭を地に付け 千々に戦うその有様 目にもたまらぬ電光石火 
実に鬼神も及びなき 勇ましかりける次第なり

(歌詞は文化譜に従い、表記を一部改めた)


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ここに「五条橋」のほんの一部をYouTubeで紹介しています 見られない方はこちらへ


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謡曲「橋弁慶」で知られる弁慶と義経の出会いを描いた曲で、
直接的には先に成立していた長唄「橋弁慶」から弁慶・牛若の対決場面だけを抜き出し、
短くまとめた作品です。
長唄「橋弁慶」は、弁慶・牛若の出会いの背景から対決の結果までを丁寧に描きますが、
本曲は、対決の前後の場面を大胆にそぎ落とし、五条橋の1シーンのみを切り取ることで、
緊張感あふれる対決のさまをより鮮明に描き出しています。
歌詞の長さは「橋弁慶」の三分の一ほどですが、単純に一部を抜き出したものではなく、
場面の省略によって矛盾が生じないよう、歌詞の細かなところにも工夫が施されています。
「橋弁慶」と「五条橋」には、歌詞の長短だけでなく、その展開方法にも違いがみられます。
長唄「橋弁慶」は、弁慶と牛若の様子や状況、心中までが交互に細かく語られます。
場面転換のペースが次第に早まり、やがて二人の視点が交錯していくさまは、
さながら構成やカット割りが緻密に計算された本格映画のような趣です。
一方本曲「五条橋」は、たとえて言うならワンカメラノーカットのドキュメント。
弁慶が振り回す大長刀の風の感触、足元から立ちのぼる砂埃の匂い、刃がかみ合う音など、
まるでその場に居合わせたかのように、橋の上にただよう緊迫感を味わうことができます。

なお、弁慶と牛若の出会いや歌詞中の語句についての解説は、長唄メモ「橋弁慶」をご覧下さい。



【こんなカンジで読んでみました】

都の大通りを南北に貫いて流れる加茂川、この加茂川には大きな橋が架かっている。
五条橋という。
繁栄華やかな京の都も、花の季節はとうに過ぎ、今は秋風がびょうびょうと吹く。
行き来の人とて誰もなく、ただ寒々と、風が吹き過ぎる夜である。
さて、源家の御曹司牛若丸は、
今夜も五条橋にやってきて、伝来の笛の音を風流に響かせながら、
風と笛の声ばかりのしんしんと更けゆく闇の中に、通りかかる人を待ち構えていた。
一方、比叡山西塔の武蔵坊弁慶。
得手の大長刀をむんずとつかんで背に担ぎ、
橋板をがらがらと踏み鳴らしたかと思うと、闇の向こうをきっとにらみつけた。
こんな夜更けに笛の音。橋の上に女が立っているとは、妖怪変化か狐狸の類か、必ず怪しい奴であろう。
この弁慶が退治てくれようと、長刀をやおら握りなおして猛然と斬りかかった。
これを見た牛若、少しもあわてず、かぶっていた薄衣をはらりと落としたかと思うと、
腰の小太刀を抜き放ち、間を詰めたり開いたり、
弁慶の豪腕をいなしながら自在な太刀さばきで立ち向かう。
そのうち、牛若がさっと弁慶の間近に踏み込んだかと思うと、
続けざまにうち込む鋭い太刀筋、さすがの弁慶も応じきれずに橋げたを二三間ざっと飛びのいた。
それならばと、弁慶今度は長刀を長く持って距離を取り、
走りかかりざまになぎ払ったが、牛若は体を後ろへ退きながら、右へ飛んでこれをよける。
長刀を持ちかえて足元を払えば飛び上って足も止めず、宙を払えば地を這ってくぐる。
あちらが詰めればこちらはかわし、さまざまに入れ替わって戦うそのさまは、
電光石火の早業が闇夜に光る勇ましさ、都の鬼神たちもひそかに舌を巻いた。
後に天下一の主従となる牛若弁慶、二人が初めて出会った、ある夜の一景である。



【五条橋の今昔】

五条通は、京都市内の主要な東西の通りの一つ。
ひとつ北が万寿寺通、西は桂川の西大橋まで、東は清水寺へ続く清水道。
ただし、現在の五条通が「五条通」と呼ばれるようになったのは、
豊臣秀吉が新しく五条橋を架設したことによる。
それ以前は現在の松原通が五条大路にあたり、その東にかけられた橋(現松原橋辺り)が五条橋であった。

現在の五条通は、平安京の六条坊門小路にあたる。
文禄三年(1594)、豊臣秀吉によって伏見城とその城下町が築かれ、
またそれと前後して伏見街道沿いに方広寺、豊国神社が建立された。
これらの施設と洛中を直結するため、秀吉の命で六条坊門小路東の鴨川に新たに五条大橋が架設され、
現在の五条通が開かれた。
第二次世界大戦末期に建物疎開が行われ、戦後はその用地を利用して道路幅が拡張されて、
現在のような大通りになった。
一方、現在松原通と呼ばれている本来の五条大路は、
東の端が清水寺に突き当り、その参道としての役目もあって古くは人々が行き交い栄えた。
清水寺参詣の便のため、早くに橋が架けられ、清水寺がその管理を担っていたが、
秀吉による新五条橋架設ののちは、新五条通に繁栄を奪われた。
つまり、弁慶・牛若の時代の五条通とは現在の松原通のことであり、
出会ったと伝えられるのは、正しくは現在松原橋と呼ばれている辺り。
なお、五条大橋の西詰には、弁慶と牛若の石像が設置されている。



【語句について】
※「橋弁慶」と共通する語については、長唄メモ「橋弁慶」をご参照ください。

都大路
 都の、広い主要な通り。都の大通り。

加茂川
 「賀茂川」とも。京都市街を南へ流れ、高野川と合流して桂川に注ぐ川。
 高野川との合流点より下流を「鴨川」と表記する。
 なお直前の「流る」は、文法上は連体形「流るる」が適切。

五条橋 【五条橋の今昔】参照。

花の都も行く秋の
 「花の都」は美称で、繁栄する都。または、花の盛りの都。
 「華やかな都ではあるが、今は花(桜)の季節が過ぎ、秋の風が吹く夜……」という流れ。

風すさまじく更くる夜は
 「更くる」は「(風が)吹く」と「更くる夜」の掛詞。
 「すさまじ」は動詞「すさむ」に対応する形容詞。
 1.その場にそぐわず面白くない、つまらない。
 2.寒々としている、荒涼としている。
 3.程度がはなはだしい、ひどい。 4.あきれたことだ、とんでもない。 ここでは2.の意。

往来
 1.行き帰り。行き来。また、行き来する人。
 2.手紙のやりとり、手紙、あいさつ、つきあい。 ここでは1.の意。

もの淋し
 「もの」は接頭語。感情や心情を表す形容詞・形容動詞について、「なんとなく」の意を表す。
 「淋し」は
 1.静かで心細い、寒々としている。 2.必要なものが足りなくて心細い、貧しい。 ここでは1.の意。

笛面白く吹きならす
 「面白し」は、ここでは風流だ、趣深い、といった意。
 本曲の元になった長唄「橋弁慶」、およびその典拠である謡曲の「橋弁慶」では、
 牛若が笛を吹いているという描写はない。
 ただし、謡曲「橋弁慶」前段のシテを常盤御前に設定する「笛之巻」では、
 牛若所有の笛の由来が語られている。
 また『義経記』巻三は、弁慶と牛若の出会いの場を五条天神社に設定している点で本曲と異なるが、
  「暁方になりて、 堀川を下りに来ければ、面白き笛の音こそ聞こえけれ」
 と、牛若が登場に先立って笛を吹いている点で本曲と共通する。

音も静かに更くるまま
 前の「笛」を受けて、「(笛を)吹く」と「更くる」の掛詞。

うち見やり
 「うち」は接頭語。動詞の意味を強めたり、種々の意味を添えたり、単に語調を整えたりする。
 「見やる」は
 1.遠くを望み見る、視線を遠く離れた方へ向ける。ながめる。
 2.視線をその方向へ転じ向ける。 3.全部終わりまで見る。見終わる。
 ここでは2.の意。

夜更けて女の立ったるは 必定しれもの目に物見せんと
 「必定」は形容動詞「必定なり」で
 1.必ずそうなるように決まっていること。必ず予測した通りの結果になること。
 2.仏教語として、必ず成仏すると決まること。
 また副詞的に用いて、3.必ず、きっと、確かに。ここでは3.の意。
 「しれもの」は
 1.愚かな者、馬鹿者。 2.乱暴者、狼藉者。 3.その道に打ち込んだ巧者、したたか者。
 等の意味。ここでは1.と2.の意を含みつつ、「怪しげな者」と解釈した。
 長唄「橋弁慶」では、牛若が弁慶の大長刀を蹴り上げたのを契機として対決になるが、
 本曲では、弁慶が橋の上の牛若を女と見て、
 こんな夜更けに女が橋の上に立っているのは怪しい奴に違いないと思って襲いかかっている。

あしらひかね
 「あしらふ」は取り扱う、待遇する、応対する。
 「……かぬ」は動詞の連用形について、「……するのが難しい」「……することができない」
 の意の動詞を作る。
 長唄「鞍馬山」「さしもの天狗もあしらひかね……」など。

足もためず
 足も止めずに。
 「溜(た)む・留む」は1.とどめる、とめる。 2.集める、ためる。 で、ここでは1.の意。

目にもたまらぬ
 「目にも溜まらぬ」で、動作のすばやい様子を言う表現。「目にも留(と)まらぬ」と同義。

電光石火
 1.きわめて短くはかない時間をたとえて言う語。
 2.動作やふるまいがきわめてすばやいことをたとえて言う語。 ここでは2.の意。

鬼神
 1.(「鬼」は死者の霊魂、「神」は天地の神霊の意から)天地万物の霊魂。
 2.仏教語で、梵天や帝釈、阿修羅など、超人間的な威力や能力を持つ者。
 3.広く、妖怪やへんげ、荒々しく恐ろしい鬼や神。 ここでは3.の意。

及びなき(及びなし)
 及びもつかない。力が及ばない。

勇ましかりける次第なり
 「勇まし」は勇ましい、乗り気になっている。
 「次第」は
 1.上下・前後の並び。順序。  2.(次第に)だんだん。順次。
 3.由来。経過。なりゆき。いきさつ。  等の意味。 
 ここでは3.の意で、「……次第なり」は結びの定型的な文句。




【成立について】

明治三十四~五年(1901~02)成立が通説だが、
『長唄根岸集』所収の稽古本では「明治三十六年卯三月吉日」とある(未見)。
作曲・十三代目杵屋六左衛門、作詞・三宅豹隠。
作詞者については詳細不明。
長唄「橋弁慶」を、弁慶・牛若の立回りを中心にダイジェスト的にまとめたもの。



【参考文献】
『日本歴史地名大系27 京都市の地名』平凡社。1979.9

その他参考文献は、長唄メモ「橋弁慶」に準じます。